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大道兄弟 / DAIDO bro

SAKURA NO HANA HONPO

ACACトークイベント 後編
「自分という本をつくる」ことを
考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)

ACACトークイベント 後編

「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること(大道康輝×大道優輝×原田桃望)

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ACACトークイベント 後編
「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)

【トークイベント】
場所:ACAC展示棟ラウンジ
日時:2025年8月16日(土)14:30-16:00

Photo by ACAC

大道兄弟、優輝さん、康輝さんに聞きたいこと

優輝さん>ここじゃない別の場所に行くこと
 
原田:
10 年に及ぶ活動をポイントで絞って話してもらったんですけど、これからは私が 2 人に聞きたいことと、1 人ずつ聞きたいことっていうのを事前に準備していて、2 人に話してもらおうかなと思っています。
まず、優輝さん。
 
優輝:
はい。 
 
原田:
優輝さんに聞きたいのは、やっぱりイギリスに行ったり、自衛隊に入隊したり、あと長崎とかにも一昨年行ったりとかしてて、ここじゃない別の場所に行くっていうことは、優輝さんにとってはどういうことなんだろうなっていうのが気になっています。 
 
優輝:
そうですよね。
 
原田:
どう思いますか。 
 
優輝:
きっかけは、なんかこう、あるじゃないですか。
例えば、馴染めないとか。自分が浮いてるように感じたりとか。
ここじゃない場所、抜け出したいとか、 そういう思いが強かったんだと思うんですよね。
それで、無目的に電車とかで見知らぬ駅に降りて、ただただ町を徘徊するみたいに。
最近、 岩手県の陸前高田市出身の写真家、畠山直哉さんの『話す写真――見えないものに向かって――』(小学館、2022年)を読んでて、ちょっと自分にもそれがここじゃない別の場所に行くことに繋がるんじゃないかなと思って。その一節を読んでもいいですか。
 
原田: 
もちろんです。
 
優輝:
「自分を取り巻く環境に意識的になることで、漫然とその環境に流されるのではなく、その流れの中をどう渡ってゆくか、という挑戦的な気持ちが湧いてきます。この流れは強くて、船が自分の思う方向に進むとは限りませんが、たとえ流されがちであっても、最低限、流される船の舵だけはしっかりと握っていたい。これは僕だけでなく、皆さんにとっても切実な希望であると思います。でも、その舵の存在にすら気が付かないこともある。だったらその舵をなんとか自分の目に見えるようにすることは、僕らにとって緊急の課題でしょう。ここに集まって、勉強や議論や制作をするのは、そのためなのです。」(252頁)

今改めて思うと、無目的にここじゃない場所に移動してたっていうのは、そういうことを感じながら制作してたのかな、自分の舵を見失わないように。
ただ、漠然と流されていかぬようにしてたのかなっていうのは自分の中で思うし、それがきっかけとなって、どうしても本を作ったりとか写真を撮らずにはいられなかったっていうのは今は思いますね。
 
原田: 
どこかに行くことで、そこで出会って、また別のところに繋がったりっていう経験もありましたよね。 
 
優輝:
そうやね。繋がったり...イギリスもそうやし、そこで出会った人は今でも関係は続いてるし、そうじゃないと赤々舎とか姫野さんとか竜一さんにも出会ってないし。ここじゃない別の場所に移動することは、今いる場所を再認識したり、気づかなかったことに意識的になったりもする。でも今できるかって言ったらまた話は変わってくるんですけど、当時は何かそういうことをずっとやってましたね。
 
原田: 
今は別の場所に行きたい衝動っていうのは少ないですか? 
 
優輝:
少ない。行ったとしても何か目的がある。
例えば ACACとかもこういう風に機会もらったりとか、韓国とか東京行くにしたって、何か目的があって行くことが多い。
何も決めないで、わからないままに、ここじゃない場所を探したりはしなくなった。
だから次のフェーズじゃないですけど、たぶん本の作り方も変わってくるなっていうのは実感してるかな。 でもそれがまだ形にはなってないし、今までは撮ったらすぐ作ってた。めっちゃ大事なことやねんけど、今思い返せば、なんとなくとか、そういう感覚的、身体的にばーって作るって、 もう今は逆にできひんから。
だから大事やなって今になったら思うけど、自分がどういうことをしたいとか考えて作ろうとするから、時間がかかる。
 
原田:
はい。ありがとうございます。
 
優輝:
ありがとうございます。

康輝さん>応答すること
 
原田:
そういう優輝さんの行動が色々あったわけですけれども。康輝さんはそれを、近いけど離れて見てるというか。
でも、ちょっと自分も行こうかなみたいなのもあるし。優輝さんが康輝さんのことを説明する場面が PURPLE のトークショーであって。
優輝さんが言ってたのは、やっぱり初めに優輝さんが写真をやったっていうのもあるから、康輝さんはそれにすごい応答してくれてるような感じがするってお話があったかなと思うんですけど。
康輝さんはその応答するっていうことに対して、それはしっくり来てるのか、違うかったりするのか、両方なのかっていうのは気になったりします。 
 
康輝:
両方なんですけど、写真をやり始めた時、これさっきの優輝の畠山さんの話にも出た舵の話になるんですけど、あんまり自分の意思みたいなのがなくて、何をやりたいかとか、周りに流されることが多く、学生時代も 20 代前半も、すごくそこに悶々としてて。そんな中、優輝がイギリスに飛んだりとか、自衛隊に行ったりとか、結構自分の欲求にすごくまっすぐに行ける。
その逆で僕は色々考えちゃって、他人の目とか。なかなか行動に起こせないですけど、そういう面で優輝が表現としてやっぱりこう形にして、見してくれた時に、自分も立ち返れるというか、自分の舵に意識的になる。すぐ離してしまうんですけど。
それが優輝を見て、もう 1 回舵を握り直すっていう行為ができる。だからこそ多分一緒にできてる部分があって、『My name is My name is...』っていう写真集も 2 人で作ったんですけど、このとき僕全くわからなくて。急に2 人でやり始めるってなった時に、どうしたらいいかわからへんというか。
何がいい写真なんだろうとかすごい考えちゃってて。 そういう意味で『My name is My name is...』っていうのが、共存することによって自我が失われていくと思ってたんですけど、これを作る過程で、やっぱり自分は自分というか、そういう舵が見えてきだしたきっかけでもある。
そういう面で、 見失いがちなことを、優輝がこう示してくれるから、応答することになってしまう。けど、それが、だんだん繰り返してくうちに、自分でも何かできるようになってきたから、今は両方。けど、初期は結構応答することが多かった。
自分でも舵を握れるようになったから、そういう感じかな。
 
原田: 
逆に優輝さんは康輝さんの作ったものとかを見て、舵を握るというか、舵を意識することとかはありますか。 
 
優輝:
ある。意外に少ないというか、こう応答してくれる人って。しかもそれが、 簡単な言葉として「いいね」とかそういうことじゃなくて、形として返ってきて、それにもう1 回自分もまた何か応答したりとか、結構そういうやり取りが僕らの中で多いし、だから康輝とそういう風に応答し合って、エネルギーを交換してるよね。
なんでこう続けれるのかも、今になると思うけど、やっぱすげえ大変じゃないですか、続けることって。でもそういう応答で、エネルギーの交換ができてるからなのかなとは思う。

大道兄弟>拮抗しながら共に表現すること、二人だからこそ続けられたこと
 
原田: 
うんうん、そうですね。この兄弟に聞きたかった、続けることについて。これもPURPLEのトークを聞いてて、やっぱり 2 人だからこそ続けられてきたっていうお話がありましたよね。 
 
優輝:
うん、なかなかそこを言葉にするのは難しいけど、最近そういうのも意識するようになったよね
双子ってなんなんだろう、とか。写真でなんかハッとさせられた。PURPLE のトークショーの時も、写真だけでやり取りしてんのが、色々感じ取ってやってるけど、それって双子やからできてるんだよみたいな話とか。見てやりとりはできるんだけど、2 人ほど同時に身体感覚的に何か感じてるレベルまで行くのはすごい難しいことじゃないかって話とかもあったり。そういうことを最近考えてるっすね、自分は。 
 
原田:
拮抗しながら、竜一さんもチラって(PURPLE のトークで)言ってたけど、2 人でやってたら妥協点になるんじゃない、みたいな話もあったけど、多分 2 人はそうじゃなくて、互いにやり合ってるというか、やり合ってできてる気がしてて。どうやり合ってますか。 
 
優輝:
竜一さんに言われて確かにと思ったけど、なんやろな、妥協した感覚ってあんまなくて。
でもこの『My name is My name is...』作ってる時は最初は無意識に同じになるようにしてたというか、僕がポートレートでまとめたいっていう意向があったから、康輝もポートレートでまとめようみたいな。
無意識に同じになるようにしてたけど、それでも同じになろうとするんじゃなくて、 違うことを入れてきた。ストリートの写真とか、全く関係ない写真とか、それに対してノーって言わず、僕も、考えさせられたというか、確かにみたいな。
無意識に同じになるようにしてたのかなとか。逆にこう、ずっと問われてる感じがする。
 
原田: 
康輝さんから。 
 
優輝:
うん。意志を問われてる感じがする。それを自分なりに考えて、なんか絶妙な距離感やけど、なんて言ったらいいんやろうな。康輝の写真を見て、初めて僕はこうしたかったんだって、意志に気づいたり。 
 
康輝:
例えば、今回のスライドショーとかで言うと。やりたい目的はあそこでスライドショ ーをやるっていうのが俺たちの目的やったから。
それが叶えば別にこう、作品を混ぜ合わせるとかじゃなくて。もし別々のことをやりたかったら、妥協になってくると思うんよ、どっちかが。
ただ、2 人ともそのゴールは一緒やから。どうやっても妥協にはならないというか。このゴールだけ決めとけば、なんていうんかな、それが叶ったら別にいいっていう元々のスタンスやから。だから、優輝がスライドショーで別の作品出したいってなれば、1 人でやったり、無理にこう混ぜ合わせるとかではなく、妥協っていうよりも、そういう作り方。
一応、何がなんでも 2 人で出すとかじゃないから、意見が食い違うのやったら、「別に無理にやらなくてもいいんじゃない。」「個々でやろうよ。」とか、そういう、離れてもいいし、一緒にやってもいいしっていうスタイルがあるからこそ、妥協にはならない。 
 
原田:
ちなみに今回のスライドショー、どうやって 2 人で作ったか聞いていいですか。 
 
優輝:
最初なんもそういう計画もなくここに滞在させてもらって。でも、前々からスライドショーをやりたいなっていうことは考えてたよな。
で、ここを日々通ってる中で、ここでできるんちゃうんかとイメージができた。そこから、いろんな作家さんとか絡めてやろうかみたいな話をしてたよな。また青森来てやってもいいなっていう話してて。
でも、そうなると逆に妥協点がいっぱいあるなと思って。まず、自分らが思い描いてることは別の形になるだろうなっていうのは思ったし、そうなった時にいろんな制約が出てくるから、それならまず、僕らだけでやってみようって。
それを原田さんに言って、 原田さんがぜひやってみてくださいってことやったんで。
 
康輝:
スライドショー作品については。どう作ったかやな...。
 
原田:
1 つのパソコンで。
 
康輝:
うん。1 つのパソコンで。スライドショーを元々するつもりなかったから、限られたデータしかなくて。
 
原田: 
手持ちの写真が少ない?
 
康輝:
そう。
 
優輝:
最初、別々に作ろうって言ったんか。
 
康輝:
そうそう。 
 
優輝:
でも、やっぱ時間ていう制約があって。時間ていう制約の中で、色々考えてたけど、もう 1 回写真を物撮りしたりとか、文字入れたりとか考えたけど、たまたま康輝が持ってたデータをバーって見た時に、スライドショーでしか感じられへんことがあるなと思って、その写真がもしスライドショーで見た時にって、想像させられて。僕がやろうとしてたそのことよりも、こっちの方が僕もやってみたいし、見てみたいと思って、康輝に僕も一緒にやっていい?っていう感じで 2 人で作り始めた。

原田: 
康輝さんが主に撮った写真で構成してる?
 
康輝:
このスライドショー『TAXI DRIVER』は俺がセレクトした優輝の写真も入ってて、それを元にちょっと別の写真も入れたりして。
 
優輝:
そう、僕も新鮮やって、僕が普段選ばへん写真とかが入ってて、でも、康輝のそういう流れで見たら、また別の見え方で見えたから、それはそれでいいなとか思いながら、 それで、構成したな。
 

 

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2025年『TAXI DRIVER』スライドショー 大道兄弟 ACAC 青森
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2025年『TAXI DRIVER』スライドショー 大道兄弟 ACAC 青森

原田:
 2 本立てでしたよね?
 
優輝:
うん。
 
康輝:
青森で撮った写真と、『TAXI DRIVER』。青森は、ほんま昨日とかな、撮りに行こうとしてたけど、スライドショーの準備大変すぎて結局この近辺で撮ったやつしかないねんけど。
 
原田: 
楽しみですね。

 

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2025年『青森』 大道兄弟 ACAC 青森
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2025年『青森』 大道兄弟 ACAC 青森

 『TAXI DRIVER』

原田: じゃあ、これからしていきたいこと聞いてみようかな。まず、さっき出てきた 『TAXI DRIVER』について。それで、何かをしようとされてるんですよね。 
 
康輝:
そうです。これが 2023年にハンドメイドブックとして、1 冊しか作ってなくて。一応自分たちのレーベルで、 「桜の花本舗」っていう自主レーベルから、復刊として出版する予定です。
これまでのハンドメイドブックは1 冊しか作ってこなかったけど、『My name is My name is...』以外は。
その第 2 弾として、この『TAXI DRIVER』を、200 部か 100 部か、ちょっと印刷所で復刊しようかなっていうのを考えています。
 
原田: 
なんでそう思ったんですか。
 
康輝:
TABFっていう東京アートブックフェア。日本最大級のブックフェアに出店が決まって、自分たちでやりたかった。
これからも復刊はしていこうかなと思って。今 2 人が一致していいなっていう写真集が『TAXI DRIVER』やったから、これを。 
 
原田: 
同じものを復刻ってよりも、優輝さんの言葉を入れるって言ってましたね。
 
優輝:
うん、言葉を入れようかなとは思ってるけど、それもなんか 2 人でしかできひんやん。
康輝の写真について思うことをちょっと書いてみようかなと思って。僕も言葉にするっていうこともしてみたいし。
 
康輝:
ずっとその作家を見続けてる人ってなかなかいないし。俺ら間でずっとやってるから、そういう面で、 優輝が序文みたいなの書けたらなと。そういうのもなんか面白いなと思って。
 
原田:
あ、序文になるんだ。 
 
康輝:
序文かなと。いや、わからへん。まだまだ考えてないけど、そういうこともやってみたかったから、出版するっていうのが 1 個です。
 
原田:
楽しみですね。
 

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2021年『TAXI DRIVER』 大道康輝 桜の花本舗
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2021年『TAXI DRIVER』 大道康輝 桜の花本舗

 『タイムアフタータイム』

原田:
優輝さんの方は、言葉にすることを最近気になってるというか。
 

優輝:
そうそう。『My name is My name is...』を作って見てもらったときに、文筆家の大竹昭子さんに「写真の出来事を知ると、撮る前の出来事を話すと、写真の見方が 180 度変わることが多々あるよね。」みたいな話をしてて。そういう話の前に『My name is My name is...』のページを捲りながら、撮影時期に自分が感じてたと、考えていたことをエッセイとして書いてて。それを、10 部だけ作ってた。
それで、大竹さんの言葉を聞いて、なんか重要なことだったんだというような気がして。
 
原田:
10 部だけだったんですか。

 優輝: 
10 部だけ作ってて、それを、原田さんだったりに配って。その後に長崎に。自分のこと書くから、なんかちょっと、あれこれ考えてしまって。どうなんだろうって。だから、長崎行く前に配って、そのまま長崎に飛ぼうと思って。残りを康輝に渡して、僕が配れる人は配ったから、あと康輝に「頼むわ」って言って。 
 

康輝:
自分の人生で考えていることや感じていることを書いてるものが俺は結構おもろかって。あ、優輝こんなこと考えてたんやっていう。双子でも知らんかったことを書いてたから、めっちゃおもろいってなって。優輝のこと知らん人が読んでも面白いやろなと思った。
 
原田: 
赤々舎で出してる写真家の人の中で、写真もいいけど言葉もすごいいいなって人が多くて、その 1 つの形が、あそこに置いてる『りんご通信 』っていう新聞みたいな、タブロイドっていうんですかね。

​優輝:
そうやね、タブロイド。

 

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2024年『りんご通信 6』 赤々舎

原田: 
写真家が写真とともに言葉を寄せてるものだったりするんですよね。そこの 6 号に優輝さんが寄稿してて、さっきの長崎から康輝さんに送った手紙で、7 号には康輝さんがそれに対してリリック?
 
康輝:
詩、リリックやね。

原田:
詩を書いている。
 

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2025年『りんご通信 7』 赤々舎

康輝:
そう、姫野さんは、言葉も大切にしてる。写真だけでも、もちろんいいけど。赤々舎は、文字系の本も出版してる。写真と言葉。

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2023年『タイム アフター タイム』 大道優輝 桜の花本舗
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2023年『タイム アフター タイム』 大道優輝 桜の花本舗

Q&A

原田: 
じゃあ。
 
大道:
はい。
 
原田: 
Q&A に行こうかな。せっかく長時間聞いてくださってるので色々、思うこととか、聞いてみたいこととか、感想とかあるかなって思うんですけど、挙手制にします?あてます?
 
優輝:
えっそれは。
 
康輝:
いやいや、あてるのはなんか怖い。
 
会場:(笑)
 
原田:
じゃあ挙手制にします(笑)はじめは緊張しますよね。 
 
康輝:
確かに緊張しますよね。
 
優輝:
原田さんはなんかありますか。 
 
原田:
えー、ちょっと待って。何も考えてなかった...。
でも、なんか話してく中で、より大道兄弟のことを理解したっていうよりか、大道兄弟の、なんて言うんですかね、生き様でもない。こういうステップというか、ステップって言ったら軽く聞こえるかもし れないけど、こういうのがあったから今こういうところにいるんだっていうのがすごいわかったし。
ここ 2 日間、私もここ(会場)にある本を読んでたりしてて、やっぱり写真は不思議なんですよね。大道兄弟の撮る写真は。
初日とかは、なんか見てたら、あ、これ優輝さんやなと思って見たら、優輝さんの写真集やとか、なんとなくわかるようにはなったんですけど。でも、なんかそれをわかるのも正解というか、必要のない気もしてるけれども。
その感覚が、2 人一緒にいる時じゃなくて、2 人がどっちかだけでいる時。この人が康輝さんか優輝さんかを私が考えるのと、すごい似てる作業になってそれはちょっと面白かった。こっちがより康輝さんらしい、こっちがより優輝さんらしいみたいなのを写真見ながら思ってましたね。
でもそれぐらいすごい 2 人のなんでしょうね。生き方というか、考えが積み重なってるものなんだなって改めて見て思ってました。 
 
康輝:
僕から Q&A。
 
原田:
はい。 
 
康輝:
皆さんは青森から来てますか?他の県の方どれくらいいるんですか? (会場で手が挙がる)
 
優輝:
茨木と。
 
康輝:
茨木、車で来てくれた。
 
会場: 福島。

康輝:
えっ福島。
 
原田:
明日のワークショップにも来てくださる。 
 
優輝:
ありがとうございます。
 
会場: 直島。
 
康輝:
香川か。色々すげえ...
聞いただけです。すみません。
 
会場:(笑)

写真を撮る前と後で変わったこと

質問者1:
大道兄弟さんのことは実は知らなかったんですが、2 人の素晴らしいお話を聞いて、あーすごいなって思いました。私も作ってみたいし、やりたいなと思いました。これから作っていかれる言葉の本や写真集も欲しいですし、これまで作られてきた他の写真集も全部見たいなって思いました。
 
優輝:
ありがとうございます。
 
康輝:
あざます。
 
質問者1:
質問は、写真を撮り始める前と撮り始めた後で圧倒的に変わったことはありますか。
 
康輝:
撮る前と撮った後ですよね。
 
質問者1:
撮り始める前と今を比べて何が違うかな、ということ。考え方とかでもいいんですけど。 自分の中で何が変わったんだろうなと気になりました。
 
優輝:
なんだろうな。いっぱいあるんですよね。
気づいたら写真をやっていて、本を作っていて、写真やってなかったら2 人は別々の道に行ってたし、関わることもなかった。
また写真をやってから、当時は何かわからないけど理解する前に撮れて、残せておけて、あるときに見返せて、考えれる。それをするようになったのもある。
 
康輝:
元々建築学んでて、優輝が生物で、全然畑も違うけど、写真やり始めてから混ざり合うようになって... 
 
優輝:
あとはどんどん外、外に行くようになったってのもあるし、もちろん出会う人も変わってきた。
自衛隊に行った時に艦長が、意外にこれいい言葉やなと思って、「自分の能力を遺憾なく発揮せよ」っていうことをずっと言ってはって。写真もそうやけど、撮る前は自分で何かをするとかはしてなくて、ただ、嫌なことがあったとしても、嬉しかったことあったとしても、ずっと我慢してたり、動かなかった。
それが、自分の能力が遺憾なく発揮できることってなんだろうって考えたり、そういう場所を探したりとかすることになったのが 1 番僕の中ではでかいかもしんないですね。今でもそう思う。
自分の写真が 1 番、遺憾なく発揮できるものにしたいなとか。それが本っていうのも 1 つだし、スライドショーとかも 1 つだし、そういうことを考えるようになりましたね。こう、ただじっとしてるんじゃなくて、動くようになったっていうのは写真の魅力じゃないですか。写真だけじゃないだろうけど、僕は写真でそれが目覚めたというか、そういう感覚です。 
 
康輝:
同じです。
 
会場:(笑)
 
大道:
ありがとうございます。

表現の広がり、他者に見せること、一人と二人の違い

質問者2:
いいですか。3つあります。今日は写真を撮ること、本という媒体を作るきっかけはお話いただいたと思います。1つ目の質問はそれらをやり進めていって、文章など表現方法が広がっていったと思うのですが、その上で改めて写真を撮る、本を作ることに対してどのように考えていますか。これからもこの2つを続けていく予定なのかということを教えていただきたいです。
2つ目は、作ったものを本にして人に見せるっていう行為についてです。ブックフェアとかで不特定多数の方が見に来るとか、知り合いにお渡しするとかいう行為をどう捉えていますか。表現は自分の中だけで終わることもできると思っていて、私自身も自分の作品を作るときに、なぜ人に見せるのかということを悩んでいます。2人のお考えをお聞かせいただきたいです。
3つ目が、1人ずつで作られている時と、2人で作られている時はどういう違いがあるんだろうというのが気になりました。
 
康輝:
ありがとうございます。
 
優輝:
えー1 個目の質問が...
 
原田:
表現があれですね、広がり... 
 
優輝:
そうですね。本と写真は撮り続けると思いますね。今でも初期衝動、あの衝動ってなんだったんだろうって考えるし、確定した答えを出すっていうよりかは、もうずっと探し続けてることに重きを置いてるんで、それで撮り続けて、本も作り続ける。それも踏まえて、僕とかは今彫刻とかやってみたり、言葉を書いてみたり、でも気づいたら、写真のことを考えてる。 
 
康輝:
基本的には写真。 
 
優輝:
写真なんですけど、そういうこともやってみたり、こういう文章を書いたのも自分の写真のことを考えるためにやってるわけで。写真は撮り続けて今後も作っていくのは変わらないですね。 
 
康輝:
だからどんどん拡張していってる感じはします。彫刻とか詩とか文章とか。 
 
優輝:
もっと深く潜れてる感じはしますね。最初とかって雑誌とかなんかそういうもので、何がきっかけで写真を意識して見るかわかんないんすけど、最初写真見るときって友達が写ってるかとかでしか僕は見てなかったんで、写真っていうのはどんどん表現が拡張していくことによって、いろんな見方があることを知って、どんどんこう深く潜っていく。表現の幅が広がることで、深く潜れたらいいなっていうのは僕は思います。
 
康輝:
2 個目なんでしたっけ。
 
質問者2:
人に見せるっていう。 
 
優輝:
人に見せることね。そもそもまず僕ら間でずっと見せてたんで、人に見せる意味みたいなことですよね。初めは、自分がイギリスで感じてたこととか、そういうものの身体的な共有みたいな感じで写真を康輝にみせて。康輝がさっき言ったみたいに、自分もイギリスにいた感覚があったような感じがしたって、それを他の人にもやってみたというか、じゃあ実際そういう反応が返ってきたりもして、そういう自分が感じてることとかをぱって送って、その反応が返ってきて、そういうエネルギーのやり取りをしたいなと思ってるんですよね。だから、僕が人に見せる理由はそうですね。うん。でも見せ方は気をつけてるかもしれないかな。 
 
原田:
確かに、本を見せるって言ったら、たくさん刷って配るっていう方法もあるけど。 
 
優輝:
そう、出版社で働いて余計思ったかな。何も出版社のことを知らなくて、ただ出版したいから、どこでもいいから送ってる人ってわかる気がします。実際にはわからないですが、あくまで、僕らからしたら、この人どこでもいいんだろうなっていう。ここで絶対出したいっていう感じはなくて、それはなんで感じるのかはわかんないですけど。誰に対しても送ってるんだろうなとか、なんて言ったらいいんかね。だから、本を人に見せる意味ってよりかは、本をどう見せるか。僕らも一部しか作ってないんで、直接見てもらうし、見てもらう人も選ぶし、選ぶって言い方よくないけど、この人と良いエネルギーのやり取りできたらいいなっていう思いでやります。そうかな。僕の意見は。答えになってますかね。

原田:
向こうから反応はほしい? 
 
康輝:
もちろんあったら嬉しいけど、そもそもが何か写ってる写真っていうか、どっか旅行に行きましたとかっていう写真じゃないから、反応はもうお任せというか、別になくてもいい。

優輝:
3 つ目、

康輝:
1 人 1 人でやるか。2 人か
 
優輝:
の違い。
 
質問者2:
これは一緒に 2 人でやるか、みたいな。 
 
優輝:
なんなんすかね。特に明確に決めてるわけではないですね。これは別々にやろうとか、これは今回は一緒にやった方がいいんじゃないかっていうよりも、自然とそうなってることの方が多いなと今思いました。 
 
康輝:
言葉を言わなくても、これ 2 人でやった方がいいなみたいなのが。だから、言葉にはできへんけど。 
 
優輝:
いろんな状況があるかも。今 2 人でやってるプロジェクトもあって、マンションを撮ってるんやけど、その場合は 2 人とも同じ時期にどうしても撮らずにはいられなかったから撮ってて、だから2 人とも撮ってんのやったら 2 人でやろうかっていうので。2 人別々に本作って、結局いいところを話し合ってミックスして 1 つのものにするみたいなやり方だったり、色々やってるよね。 明確に決めてるわけではないですね。
でも、人と何かやる時に、僕は絶対 1 回 、誰の意見も入れず自分で完結するものを 1 回作って、そこから人に言われたことを吸収できるというか、それを抱えたまま、いきなり人とやっちゃうとうまくいかんことの方が多いですね。
僕の場合は、それこそ妥協なんかもしれんけど、遠慮しちゃうというか、言いづらいなとか、ほんまはこうしたいけどとかあるけど、形にすると言いづらい言葉よりも伝わる。それで1 回、自分で作ってもうたら結構すんなり。 
 
原田:
それは康輝さんとやる時でも?
 
優輝:
そうやと思う。絶対 1 回別々に作って、『My name is My name is...』も 1 回自分ら別々に作ってる。康輝の写真を借りたりして、形にした状態でもう 1 回 2 人で合わせてるかな。
 
康輝:
うん。 
 
優輝:
の方が言葉でやったりするよりも、見せてあった方が確実に、妥協とかそういうものじゃない何かが生まれそう。
 
原田:
だから本当に拮抗って感じなんですかね。
 
優輝:
なってんのかもね。
 
質問者2:
ありがとうございます。

双子での共同作業、役割分担

質問者3:
すいません。
 
原田:
はい、どうぞ。
 
質問者3:
はい。私の身内に双子がいるんですけども、共感覚を持ってるからこそのやり取りがあるように思っています。作品作るときとかに同じ感覚だからこそ「先にしてやられた」とか、ヤキモチのようなことかってあるんでしょうか。それは共同作業としていい感覚なのかな。 ごめんなさい、自分で何言ってるか。
 
康輝:
いえいえ。確かに。 
 
質問者3:
普通の人だったら、いい作品に対するジェラシーっていうものがあるんですけど、兄弟間ではあるんでしょうか。
 
優輝:
ないかも...どうなんやろ。 
 
康輝:
意外に役割分担みたいなんがあって。僕文章書けないんです。全然こんな量書けないというか。だから嫉妬っていうよりも、リスペクトみたいな。 おお、すげえ、みたいな感じが多いかも。
 
優輝:
意外にね。自然と。 
 
原田:
確かあそこの本の帯は康輝さんが「羨ましいよ」って書かれてましたよね。 

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2021年『NAVY BLUE』 大道優輝 桜の花本舗

康輝:
僕もその自衛隊行ってこういう証明写真とかやりたかったけど、そんな自衛隊にまず行きたいと思わないから、すげえ、みたいな。
行きよったであいつ、と思いながら、そっちの方が、なんなんですかね。もしかしたら別々のことしてたら嫉妬してたかもしれないですけど。同じ土俵でやってるからこそ、リスペクトの方かなあ。 
 
優輝:
同じことができることもあるし、できないことも。例えば展示空間とかは康輝の方が得意で、僕は全く浮かべへんというか。なんか微妙に違うというか。でも同じは同じなんですけど、うまいことなってんのかな。 
 
質問者3:
ありがとうございます。

見返すことをするようになった後と前の変化

原田:
あと 1 つぐらいかな。あ、お願いします。 
 
質問者4:
今日は貴重なお話や作品見せていただいてありがとうございました。
最初の方でたくさん撮った写真を初めて見てもらった時に、このたくさんの量のものを見返したことがあるかって言われたっていう話があったんですけど、そのお話を聞かれてから、見返すようになってから、見返さないと後で変わったこととか気づいたことってもしあったら教えていただきたいんですけど。
 
優輝:
うーん...
 
康輝:
いいですか。見返してから...ちょっと待ってね。今ゆっくり喋るわ。ちょっと待ってな。 
 
優輝:
だから、この本(『タイムアフタータイム』)はそのプロセスで写真を見返して、この写真集について書いたんですけど、こう作ってる時は、撮ってる時も、僕らあらかじめ何かテーマを決めて撮ってるわけじゃなくて。
だから見返して、その 1 枚 1 枚に、その出来事を書いてったっていうことなんですけど、そういうふうに見返していく中で、文章を 1 枚ずつ書いてって、確かめてって、この自分の考えを目に見える形にして。そうすると、自分の中の写真の強度が出てくるというか。
さらに、自分のことをわかっていったら、より面白くなってくるというか、次の制作につながる。内にある、さらに作りたい欲望に気づく。
今、新しく作りたい本があるんですけど、それは見返したからこそ出てくる、写真っていうかできる本。例えばこの自衛隊のメモ帳とかも、僕は意図してやってたわけじゃなくて、気づいたら、やり取りで手紙の感じでやってたんですけど。
展示とかで人に見てもらえるきっかけがあって、僕もそういう『タイム アフター タイム』とか書いて、自分のやってきたこととか振り返ったりして見返してく中で、あれ、と思って、このメモ帳ってもしかしたらすごいなんか自分にとって重要なことで、重要な時期じゃないのかって思って引っ張り出してきたんですよ。
でも、見返してなかったら、僕はただ、押し入れに納めてる手紙のようなものでしかなかったんですよね。
でもこう見返すことによって、僕自身が、なんかあれっと、これはただ単の紙切れだけど、その時にしかできなかったことだしっていうことを思い始めて、今その本を作ろうとしてて、そういうふうに無意識にやってたけど、振り返ることによって、違う見方になって、それが結構重要やったりして、しかもそれを人に見せたときに反応が返ってきたりとかして、それがまた展示してっていう。見返すことによって、無意識にやってる癖みたいな。それって結局自分にしかなかったりするものなんで、見返すって意味はそういうことなのかなって思うんですけどね。
見返すことによってしかできないっていうか、生まれないもの。これを見返さず、ずっと撮ってたら、強度はないかもしれないと僕は思いますね。
写真とかそういうものに対して。1 回立ち止まって振り返る。写真は撮るっていうよりも、見返すことの方に重きを置いてますね。撮らないと見返せないってのもあるけど。 
 
康輝:

シンプルに見返してない時は結構、表面を掬ったような写真ばっかりを選んでたというか。でも、そういう写真を選ばなくなった。見返したから。それを繰り返すことによって、そういう写真じゃなくて、もっと自分の深いところで何かこう感じるものを選ぶようになったりとか。それをこう言葉で言うのは難しいんですけど、そういうことは伝わると思いますし、そういう写真を選ぶし、見るようになったっていうのと、例えば誰かにこの写真はあんまり良くないよねって言われた時に、良くないんかなってなってしまう。見返してない時は。すごい他人の意見に左右されてたんですけど、こう、見返すことによって、そこら辺の強度、優輝も言ってたけど、これは絶対に外せないみたいな強度みたいなのは、見返すたびにどんどん強くなっていって、そういう面で見返すことでそういうこともなんか得てるんじゃないかなって思います。はい。 
あと、見返すことによって次の作品にもつながるというか、自分の根底にある題材が見えてくるというか。反応できるようになる。これ、撮らないといけないという使命感みたいなものが備ってくるのかなと思います。
​まだ、抽象的なことしか言えないですが、それはそれでいいと思ってあえて言葉にしてみました。

原田:
そうですね。写真集を見てても同じイメージが別の写真集にあったり。 
 
康輝:
そう。
 
原田:
それはやっぱり見返してるからこそ出てくるものなんだなと思いました。 
 
優輝:
うん、そうやね。繰り返してるね。

原田:
ありがとうございます。ご質問いただき。 
 
大道:
ありがとうございます。

ACACトークイベント 後編

「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること(大道康輝×大道優輝×原田桃望)

【トークイベント】
場所:ACAC展示棟ラウンジ
日時:2025年8月16日(土)14:30-16:00

Photo by ACAC

大道兄弟、優輝さん、康輝さんに聞きたいこと

優輝さん>ここじゃない別の場所に行くこと

 

原田:

10 年に及ぶ活動をポイントで絞って話してもらったんですけど、これからは私が 2 人に聞きたいことと、1 人ずつ聞きたいことっていうのを事前に準備していて、2 人に話してもらおうかなと思っています。まず、優輝さん。

 

優輝:

はい。 

 

原田:

優輝さんに聞きたいのは、やっぱりイギリスに行ったり、自衛隊に入隊したり、あと長崎とかにも一昨年行ったりとかしてて、ここじゃない別の場所に行くっていうことは、優輝さんにとってはどういうことなんだろうなっていうのが気になっています。 

 

優輝:

そうですよね。

 

原田:

どう思いますか。 

 

優輝:

きっかけは、なんかこう、あるじゃないですか。例えば、馴染めないとか。自分が浮いてるように感じたりとか。ここじゃない場所、抜け出したいとか、 そういう思いが強かったんだと思うんですよね。それで、無目的に電車とかで見知らぬ駅に降りて、ただただ町を徘徊するみたいに。最近、 岩手県の陸前高田市出身の写真家、畠山直哉さんの『話す写真――見えないものに向かって――』(小学館、2022年)を読んでて、ちょっと自分にも、それがここじゃない別の場所に行くことに繋がるんじゃないかなと思って。その一節を読んでもいいですか。

 

原田: 

もちろんです。

 

優輝:

「自分を取り巻く環境に意識的になることで、漫然とその環境に流されるのではなく、

その流れの中をどう渡ってゆくか、という挑戦的な気持ちが湧いてきます。この流れは

強くて、船が自分の思う方向に進むとは限りませんが、たとえ流されがちであっても、

最低限、流される船の舵だけはしっかりと握っていたい。これは僕だけでなく、皆さ

んにとっても切実な希望であると思います。でも、その舵の存在にすら気が付かないこ

ともある。だったらその舵をなんとか自分の目に見えるようにすることは、僕らにとっ

て緊急の課題でしょう。ここに集まって、勉強や議論や制作をするのは、そのためなの

です。」(252頁)

 

今改めて思うと、無目的にここじゃない場所に移動してたっていうのは、そういうことを感じながら制作してたのかな、自分の舵を見失わないように。ただ、漠然と流されていかぬようにしてたのかなっていうのは自分の中で思うし、それがきっかけとなって、どうしても本を作ったりとか写真を撮らずにはいられなかったっていうのは今は思いますね。

 

原田: 

どこかに行くことで、そこで出会って、また別のところに繋がったりっていう経験もありましたよね。 

 

優輝:

そうやね。繋がったり...イギリスもそうやし、そこで出会った人は今でも関係は続いてるし、そうじゃないと赤々舎とか姫野さんとか竜一さんにも出会ってないし。ここじゃない別の場所に移動することは、今いる場所を再認識したり、気づかなかったことに意識的になったりもする。でも今できるかって言ったらまた話は変わってくるんですけど、当時は何かそういうことをずっとやってましたね。

 

原田: 

今は別の場所に行きたい衝動っていうのは少ないですか? 

 

優輝:

少ない。行ったとしても何か目的がある。例えば ACACとかもこういう風に機会もらったりとか、韓国とか東京行くにしたって、何か目的があって行くことが多い。何も決めないで、わからないままに、ここじゃない場所を探したりはしなくなった。だから次のフェーズじゃないですけど、たぶん本の作り方も変わってくるなっていうのは実感してるかな。 でもそれがまだ形にはなってないし、今までは撮ったらすぐ作ってた。めっちゃ大事なことやねんけど、今思い返せば、なんとなくとか、そういう感覚的、身体的にばーって作ることは、 もう今は逆にできひんから。だから大事やなって今になったら思うけど、自分がどういうことをしたいとか考えて作ろうとするから、時間がかかる。

 

原田:

はい。ありがとうございます。

原田:

これは詩?

 

康輝:

そう。詩を書いたやつと

 

優輝:

これが自衛隊の時のやり取り。 

康輝さん>応答すること

 

原田:

そういう優輝さんの行動が色々あったわけですけれども。康輝さんはそれを、近いけど離れて見てるというか。でも、ちょっと自分も行こうかなみたいなのもあるし。優輝さんが康輝さんのことを説明する場面が PURPLE のトークショーであって。優輝さんが言ってたのは、やっぱり初めに優輝さんが写真をやったっていうのもあるから、康輝さんはそれにすごい応答してくれてるような感じがするってお話があったかなと思うんですけど。康輝さんはその応答するっていうことに対して、それはしっくり来てるのか、違うかったりするのか、両方なのかっていうのは気になったりします。 

 

康輝:

両方なんですけど、写真をやり始めた時、これさっきの優輝の畠山さんの話にも出た舵の話になるんですけど、あんまり自分の意思みたいなのがなくて、何をやりたいかとか、周りに流されることが多く、学生時代も 20 代前半も、すごくそこに悶々としてて。そんな中、優輝がイギリスに飛んだりとか、自衛隊に行ったりとか、結構自分の欲求にすごくまっすぐに行ける。その逆で僕は色々考えちゃって、他人の目とか。なかなか行動に起こせないですけど、そういう面で優輝が表現としてやっぱりこう形にして、見してくれた時に、自分も立ち返れるというか、自分の舵に意識的になる。すぐ離してしまうんですけど。 それが優輝を見て、もう 1 回舵を握り直すっていう行為ができる。だからこそ多分一緒にできてる部分があって、『My name is My name is...』っていう写真集も 2 人で作ったんですけど、このとき僕全くわからなくて。急に2 人でやり始めるってなった時に、どうしたらいいかわからへんというか。何がいい写真なんだろうとかすごい考えちゃって。 そういう意味で『My name is My name is...』っていうのが、共存することによって自我が失われていくと思ってたんですけど、これを作る過程で、やっぱり自分は自分というか、そういう舵が見えてきだしたきっかけでもある。そういう面で、 見失いがちなことを、優輝がこう示してくれるから、応答することになってしまう。けど、それが、だんだん繰り返してくうちに、自分でも何かできるようになってきたから、今は両方。けど、初期は結構応答することが多かった。自分でも舵を握れるようになったから、そういう感じかな。

 

原田: 

逆に優輝さんは康輝さんの作ったものとかを見て、舵を握るというか、舵を意識することとかはありますか。 

 

優輝:

ある。意外に少ないというか、こう応答してくれる人って。しかもそれが、 簡単な言葉として「いいね」とかそういうことじゃなくて、形として返ってきて、それにもう1 回自分もまた何か応答したりとか、結構そういうやり取りが僕らの中で多いし、だから康輝とそういう風に応答し合って、エネルギーを交換してるよね。

なんでこう続けれるのかも、今になると思うけど、やっぱすげえ大変じゃないですか、続けることって。でもそういう応答で、エネルギーの交換ができてるからなのかなとは思う。

大道兄弟>拮抗しながら共に表現すること、二人だからこそ続けられたこと

 

原田: 

うんうん、そうですね。この兄弟に聞きたかった、続けることについて。これもPURPLEのトークを聞いてて、やっぱり 2 人だからこそ続けられてきたっていうお話がありましたよね。 

 

優輝:

うん、なかなかそこを言葉にするのは難しいけど、最近そういうのも意識するようになったよね。双子ってなんなんだろう、とか。写真でなんかハッとさせられた。PURPLE のトークショーの時も、写真だけでやりとりしてんのが、色々感じ取ってやってるけど、それって双子やからできてるんだよみたいな話とか。見てやりとりはできるんだけど、2 人ほど同時に身体感覚的に何か感じてるレベルまで行くのはすごい難しいことじゃないかって話とかもあったり。そういうことを最近考えてるっすね、自分は。 

 

原田:

拮抗しながら、竜一さんもチラって(PURPLE のトークで)言ってたけど、2 人でやってたら妥協点になるんじゃない、みたいな話もあったけど、多分 2 人はそうじゃなくて、互いにやり合ってるというか、やり合ってできてる気がしてて。どうやり合ってますか。 

 

優輝:

竜一さんに言われて確かにと思ったけど、なんやろな、妥協した感覚ってあんまなくて。でもこの『My name is My name is...』作ってる時は最初は無意識に同じになるようにしてたというか、僕がポートレートでまとめたいっていう意向があったから、康輝もポートレートでまとめようみたいな。無意識に同じになるようにしてたけど、それでも同じになろうとするんじゃなくて、 違うことを入れてきた。ストリートの写真とか、全く関係ない写真とか、それに対してノーって言わず、僕も、考えさせられたというか、確かになみたいな。無意識に同じになるようにしてたのかなとか。逆にこう、ずっと問われてる感じがする。

 

原田: 

康輝さんから。 

 

優輝:

うん。意志を問われてる感じがする。それを自分なりに考えて、なんか絶妙な距離感やけどな、なんて言ったらいいんやろうな。康輝の写真を見て初めて、僕はこうしたかったんだって、意志に気づいたり。 

 

康輝:

例えば今回のスライドショーとかで言うと。やりたい目的はあそこでスライドショ ーをやるっていうのが俺たちの目的やったから。それが叶えば別にこう、作品を混ぜ合わせるとかじゃなくて。もし別々のことをやりたかったら、妥協になってくると思うんよ、どっちかが。ただ、2 人ともそのゴールは一緒やから。どうやっても妥協にはならないというか。このゴールだけ決めとけば、なんていうんかな、それが叶ったら別にいいっていう元々のスタンスやから。だから、優輝がスライドショーで別の作品出したいってなれば、1 人でやったり、無理にこう混ぜ合わせるとかではなく、妥協っていうよりも、そういう作り方。一応、何がなんでも 2 人で出すとかじゃないから、意見が食い違うのやったら、「別に無理にやらなくてもいいんじゃない。」「個々でやろうよ。」とか、そういう、離れてもいいし、一緒にやってもいいしっていうスタイルがあるからこそ、妥協にはならない。 

 

原田:

ちなみに今回のスライドショー、どうやって 2 人で作ったか聞いていいですか。 

 

優輝:

最初なんもそういう計画もなくここに滞在させてもらって。でも、前々からスライドショーをやりたいなっていうことは考えてたよな。で、ここを日々通ってる中で、ここでできるんちゃうんかとイメージができた。そこから、いろんな作家さんとか絡めてやろうかみたいな話をしてたよな。また青森来てやってもいいなっていう話してて。でも、そうなると逆に妥協点がいっぱいあるなと思って。まず、自分らが思い描いてることは別の形になるだろうなっていうのは思ったし、そうなった時にいろんな制約が出てくるから、それならまず、僕らだけでやってみようって。それを原田さんに言って、 原田さんがぜひやってみてくださいってことやったんで。

 

康輝:

スライドショー作品については。どう作ったかやな...。

 

原田:

1 つのパソコンで。

 

康輝:

うん。1 つのパソコンで。スライドショーを元々するつもりなかったから、限られたデータし かなくて。

 

原田: 

手持ちの写真が少ない?

 

康輝:

そう。

 

優輝:

最初、別々に作ろうって言ったんか。

 

康輝:

そうそう。 

 

優輝:

でも、やっぱ時間ていう制約があって。時間ていう制約の中で、色々考えてたけど、もう 1 回写真を物撮りしたりとか、文字入れたりとか考えたけど、たまたま康輝が持ってたデータをバーって見た時に、スライドショーでしか感じられへんことがあるなと思って、その写真がもしスライドショーで見た時にって、想像させられて。僕がやろうとしてたそのことよりも、こっちの方が僕もやってみたいし、見てみたいと思って、康輝に僕も一緒にやっていい?っていう感じで 2 人で作り始めた。

原田: 

康輝さんが主に撮った写真で構成してる?

 

康輝:

このスライドショー『TAXI DRIVER』は俺がセレクトした優輝の写真も入ってて、それを元にちょっと別の写真も入れたりして。 

 

優輝:

そう、僕も新鮮やって、僕が普段選ばへん写真とかが入ってて、でも、康輝のそういう流れで見たら、また別の見え方で見えたから、それはそれでいいなとか思いながら、 それで、構成したな。

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2025年『TAXI DRIVER』スライドショー 大道兄弟 ACAC 青森

原田:

 2 本立てでしたよね?

 

康輝:

青森で撮った写真と、『TAXI DRIVER』。青森は、ほんま昨日とかな、撮りに行こうとしてたけど、スライドショーの準備大変すぎて結局この近辺で撮ったやつしかないねんけど。

 

原田: 

楽しみですね。

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2025年『青森』 大道兄弟 ACAC 青森

 『TAXI DRIVER』

原田: じゃあ、これからしていきたいこと聞いてみようかな。まず、さっき出てきた 『TAXI DRIVER』について。それで、何かをしようとされてるんですよね。 

 

康輝:

そうです。これが 2023年にハンドメイドブックとして、1 冊しか作ってなくて。一応、自分たちのレーベルで、 「桜の花本舗」っていう自主レーベルから、復刊として出版する予定です。これまでのハンドメイドブックは1 冊しか作ってこなかったけど、『My name is My name is...』以外は。その第 2 弾として、この『TAXI DRIVER』を、200 部か 100 部か、ちょっと印刷所で復刊しようかなっていうのを考えています。

 

原田: 

なんでそう思ったんですか。

 

康輝:

TABFっていう東京アートブックフェア。日本最大級のブックフェアに出店が決まって、自分たちでやりたかった。これからも復刊はしていこうかなと思って。それで、今 2 人が一致していいなっていう写真集が『TAXI DRIVER』やったから、これを。 

 

原田: 

同じものを復刻ってよりも、優輝さんの言葉を入れるって言ってましたね。

 

優輝:

うん、言葉を入れようかなとは思ってるけど、それもなんか 2 人でしかできひんやん。康輝の写真について思うことをちょっと書いてみようかなと思って。僕も言葉にするっていうこともしてみたいし。

 

康輝:

ずっとその作家を見続けてる人ってなかなかいないし。俺ら間でずっとやってるから、そういう面で、 優輝が序文みたいなの書けたらなと。そういうのもなんか面白いなと思って。

 

原田:

あ、序文になるんだ。 

 

康輝:

序文かなと。いや、わからへん。まだまだ考えてないけど、そういうこともやってみたかったから、出版するっていうのが 1 個です。

 

原田:

楽しみですね。

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2023年『TAXI DRIVER』 大道康輝 桜の花本舗

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2023年『TAXI DRIVER』 大道康輝 桜の花本舗

 『タイムアフタータイム』

原田:

優輝さんの方は、言葉にすることを最近気になっているというか。 

 

優輝:

そうそう。『My name is My name is...』を作って見てもらったときに、文筆家の大竹昭子さんに「写真の出来事を知ると、撮る前の出来事を話すと、写真の見方が 180 度変わることが多々あるよね。」みたいな話をしてて。そういう話の前に『My name is My name is...』のページを捲りながら、自分が撮影時期に感じてたこと、考えていたことをエッセイとして書いてて。それを、10 部だけ作ってた。

それで、大竹さんの言葉を聞いて、なんか重要なことだったんだというような気がして。

 

原田:

10 部だけだったんですか。

 

優輝: 

10 部だけ作ってて、それを、原田さんだったりに配って。その後に長崎に。自分のこと書くから、なんかちょっと、あれこれ考えてしまって。どうなんだろうって。だから、長崎行く前に配って、そのまま長崎に飛ぼうと思って。残りを康輝に渡して、僕が配れる人は配ったから、あと康輝に「頼むわ」って言って。

 

康輝:

自分の人生で考えていることや感じていることを書いてるものが俺は結構おもろかって。あ、優輝こんなこと考えてたんやっていう。双子でも知らんかったことを書いてたから、めっちゃおもろいってなって。優輝のこと知らん人が読んでも面白いやろなと思った。

原田: 

赤々舎で出してる写真家の人の中で、写真もいいけど言葉もすごいいいなって人が多くて、その 1 つの形が、あそこに置いてる『りんご通信 』っていう新聞みたいな、タブロイドっていうんですかね。

 

優輝:

そうやね、タブロイド。

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2024年『りんご通信 6』 赤々舎

原田: 

写真家が写真とともに言葉を寄せてるものだったりするんですよね。そこの 6 号に優輝さんが寄稿してて、さっきの長崎から康輝さんに送った手紙で、7 号には康輝さんがそれに対してリリック?

 

康輝:

詩、リリックやね。

原田:

詩を書いている。

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2025年『りんご通信 7』 赤々舎

康輝:

そう、姫野さんは、言葉も大切にしてる。写真だけでも、もちろんいいけど。赤々舎は、文字系の本も出版してる。写真と言葉。

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2023年『タイム アフター タイム』 大道優輝 桜の花本舗

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2023年『タイム アフター タイム』 大道優輝 桜の花本舗

Q&A

原田: 

じゃあ。

 

大道:

はい。

 

原田: 

Q&A に行こうかな。せっかく長時間聞いてくださってるので色々、思うこととか、聞いてみたいこととか、感想とかあるかなって思うんですけど、挙手制にします?あてます?

 

優輝:

えっそれは。

 

康輝:

いやいや、あてるのはなんか怖い。

 

会場:(笑)

 

原田:

じゃあ挙手制にします(笑)はじめは緊張しますよね。 

 

康輝:

確かに緊張しますよね。

 

優輝:

原田さんはなんかありますか。 

 

原田:

えー、ちょっと待って。何も考えてなかった...。でも、なんか話してく中で、より大道兄弟のことを理解したっていうよりか、大道兄弟の、なんて言うんですかね、生き様でもない。こういうステップというか、ステップって言ったら軽く聞こえるかもし れないけど、こういうのがあったから今こういうところにいるんだっていうのがすごいわかったし、ここ 2 日間、私もここ(会場)にある本を読んでたりしてて、やっぱり写真は不思議なんですよね。大道兄弟の撮る写真は。初日とかは、なんか見てたら、あ、これ優輝さんやなと思って見たら、優輝さんの写真集やとか、なんとなくわかるようにはなったんですけど。でも、なんかそれをわかるのも正解というか、必要のない気もしてるけれども。その感覚が、2 人一緒にいる時じゃなくて、2 人がどっちかだけでいる時。この人が康輝さんか優輝さんかを私が考えるのと、すごい似てる作業になってそれはちょっと面白かった。こっちがより康輝さんらしい、こっちがより優輝さんらしいみたいなのを写真見ながら思ってましたね。でもそれぐらいすごい 2 人のなんでしょうね。生き方というか、考えが積み重なってるものなんだなって改めて見て思ってました。 

康輝:

僕から Q&A。

 

原田:

はい。 

 

康輝:

皆さんは青森から来てますか?他の県の方どれくらいいるんですか? (会場で手が挙がる)

 

優輝:

茨木と。

 

康輝:

茨木、車で来てくれた。

 

会場: 福島。

康輝:

えっ福島。

 

原田:

明日のワークショップにも来てくださる。 

 

優輝:

ありがとうございます。

 

会場: 直島。

康輝:

香川か。色々すげえ...

聞いただけです。すみません。

 

会場:(笑)

写真を撮る前と後で変わったこと

質問者1:

大道兄弟さんのことは実は知らなかったんですが、2人の素晴らしいお話を聞いて、あーすごいなって思いました。私も作ってみたいし、やりたいなと思いました。これから作っていかれる言葉の本や写真集も欲しいですし、これまで作られてきた他の写真集も全部見たいなって思いました。

優輝:

ありがとうございます。

 

康輝:

あざます。

 

質問者1:

​質問は、写真を撮り始める前と撮り始めた後で圧倒的に変わったことはありますか。

 

康輝:

撮る前と撮った後ですよね。

 

質問者1:

​撮り始める前と今を比べて何が違うかな、ということ。考え方とかでもいいんですけど。自分の中で何が変わったんだろうなと気になりました。

 

優輝:

なんだろうな。いっぱいあるんですよね。気づいたら写真をやっていて、本を作っていて、写真やってなかったら2 人は別々の道に行ってたし、関わることもなかった。また写真をやってから、当時は何かわからないけど理解する前に撮れて、残せておけて、あるときに見返せて、考えれる。それをするようになったのもある。

 

康輝:

元々建築学んでて、優輝が生物で、全然畑も違うけど、写真やり始めてから混ざり合うようになって... 

 

優輝:

あとはどんどん外、外に行くようになったってのもあるし、もちろん出会う人も変わってきた。自衛隊に行った時に艦長が、意外にこれいい言葉やなと思って、「自分の能力を遺憾なく発揮せよ」っていうことをずっと言ってはって。写真もそうやけど、撮る前は自分で何かをするとかはしてなくて、ただ、嫌なことがあったとしても、嬉しかったことあったとしても、ずっと我慢してたり、動かなかった。それが、自分の能力が遺憾なく発揮できることってなんだろうって考えたり、そういう場所を探したりとかすることになったのが 1 番僕の中ではでかいかもしんないですね。今でもそう思う。自分の写真が 1 番、遺憾なく発揮できるものにしたいなとか。それが本っていうのも 1 つだし、スライドショーとかも 1 つだし、そういうことを考えるようになりましたね。こう、ただじっとしてるんじゃなくて、動くようになったっていうのは写真の魅力じゃないですか。写真だけじゃないだろうけど、僕は写真でそれが目覚めたというか、そういう感覚です。 

 

康輝:

同じです。

 

会場:(笑)

大道:

ありがとうございます。

表現の広がり、他者に見せること、一人と二人の違い

質問者2:

いいですか。3つあります。今日は写真を撮ること、本という媒体を作るきっかけはお話いただいたと思います。1つ目の質問はそれらをやり進めていって、文章など表現方法が広がっていったと思うのですが、その上で改めて写真を撮る、本を作ることに対してどのように考えていますか。これからもこの2つを続けていく予定なのかということを教えていただきたいです。

2つ目は、作ったものを本にして人に見せるっていう行為についてです。ブックフェアとかで不特定多数の方が見に来るとか、知り合いにお渡しするとかいう行為をどう捉えていますか。表現は自分の中だけで終わることもできると思っていて、私自身も自分の作品を作るときに、なぜ人に見せるのかということを悩んでいます。2人のお考えをお聞かせいただきたいです。

3つ目が、1人ずつで作られている時と、2人で作られている時はどういう違いがあるんだろうというのが気になりました。

 

康輝:

ありがとうございます。

 

優輝:

えー1 個目の質問が...

 

原田:

表現があれですね、広がり... 

 

優輝:

そうですね。本と写真は撮り続けると思いますね。今でも初期衝動、あの衝動ってなんだったんだろうって考えるし、確定した答えを出すっていうよりかは、もうずっと探し続けてることに重きを置いてるんで、それで撮り続けて、本も作り続ける。それも踏まえて、僕とかは今彫刻とかやってみたり、言葉を書いてみたり、でも気づいたら、写真のことを考えてる。 

 

康輝:

基本的には写真。 

 

優輝:

写真なんですけど、そういうこともやってみたり、こういう文章を書いたのも自分の写真のことを考えるためにやってるわけで。写真は撮り続けて今後も作っていくのは変わらないですね。 

 

康輝:

だからどんどん拡張していってる感じはします。彫刻とか詩とか文章とか。 

 

優輝:

もっと深く潜れてる感じはしますね。最初とかって雑誌とかなんかそういうもので、何がきっかけで写真を意識して見るかわかんないんすけど、最初写真見るときって友達が写ってるかとかでしか僕は見てなかったんで、写真っていうのはどんどん表現が拡張していくことによって、いろんな見方があることを知って、どんどんこう深く潜っていく。表現の幅が広がることで、深く潜れたらいいなっていうのは僕は思います。

 

康輝:

2 個目なんでしたっけ。

 

質問者2:

人に見せるっていう。 

 

優輝:

人に見せることね。そもそもまず僕ら間でずっと見せてたんで、人に見せる意味みたいなことですよね。初めは、自分がイギリスで感じてたこととか、そういうものの身体的な共有みたいな感じで写真を康輝にみせて。康輝がさっき言ったみたいに、自分もイギリスにいた感覚があったような感じがしたって、それを他の人にもやってみたというか、じゃあ実際そういう反応が返ってきたりもして、そういう自分が感じてることとかをぱって送って、その反応が返ってきて、そういうエネルギーのやり取りをしたいなと思ってるんですよね。だから、僕が人に見せる理由はそうですね。うん。でも見せ方は気をつけてるかもしれないかな。 

 

原田:

確かに、本を見せるって言ったら、たくさん刷って配るっていう方法もあるけど。 

 

優輝:

そう、出版社で働いて余計思ったかな。何も出版社のことを知らなくて、ただ出版したいから、どこでもいいから送ってる人ってわかる気がします。実際にはわからないですが、あくまで、僕らからしたら、この人どこでもいいんだろうなっていう。ここで絶対出したいっていう感じはなくて、それはなんで感じるのかはわかんないですけど。誰に対しても送ってるんだろうなとか、なんて言ったらいいんかね。だから、本を人に見せる意味ってよりかは、本をどう見せるか。僕らも一部しか作ってないんで、直接見てもらうし、見てもらう人も選ぶし、選ぶって言い方よくないけど、この人と良いエネルギーのやり取りできたらいいなっていう思いでやります。そうかな。僕の意見は。答えになってますかね。

原田:

向こうから反応はほしい? 

 

康輝:

もちろんあったら嬉しいけど、そもそもが何か写ってる写真っていうか、どっか旅行に行きましたとかっていう写真じゃないから、反応はもうお任せというか、別になくてもいい。

優輝:

3 つ目、

康輝:

1 人 1 人でやるか。2 人か

 

優輝:

の違い。

 

質問者2:

これは一緒に 2 人でやるか、みたいな。 

 

優輝:

なんなんすかね。特に明確に決めてるわけではないですね。これは別々にやろうとか、これは今回は一緒にやった方がいいんじゃないかっていうよりも、自然とそうなってることの方が多いなと今思いました。 

 

康輝:

言葉を言わなくても、これ 2 人でやった方がいいなみたいなのが。だから、言葉にはできへんけど。 

 

優輝:

いろんな状況があるかも。今 2 人でやってるプロジェクトもあって、マンションを撮ってるんやけど、その場合は 2 人とも同じ時期にどうしても撮らずにはいられなかったから撮ってて、だから2 人とも撮ってんのやったら 2 人でやろうかっていうので。2 人別々に本作って、結局いいところを話し合ってミックスして 1 つのものにするみたいなやり方だったり、色々やってるよね。 明確に決めてるわけではないですね。

でも、人と何かやる時に、僕は絶対 1 回 、誰の意見も入れず自分で完結するものを 1 回作って、そこから人に言われたことを吸収できるというか、それを抱えたまま、いきなり人とやっちゃうとうまくいかんことの方が多いですね。

僕の場合は、それこそ妥協なんかもしれんけど、遠慮しちゃうというか、言いづらいなとか、ほんまはこうしたいけどとかあるけど、形にすると言いづらい言葉よりも伝わる。それで1 回、自分で作ってもうたら結構すんなり。 

 

原田:

それは康輝さんとやる時でも?

 

優輝:

そうやと思う。絶対 1 回別々に作って、『My name is My name is...』も 1 回自分ら別々に作ってる。康輝の写真を借りたりして、形にした状態でもう 1 回 2 人で合わせてるかな。

 

康輝:

うん。 

 

優輝:

の方が言葉でやったりするよりも、見せてあった方が確実に、妥協とかそういうものじゃない何かが生まれそう。

 

原田:

だから本当に拮抗って感じなんですかね。

 

優輝:

なってんのかもね。

 

質問者2:

ありがとうございます。

双子での共同作業、役割分担

質問者3:

すいません。

 

原田:

はい、どうぞ。

 

質問者3:

はい。私の身内に双子がいるんですけども、共感覚を持ってるからこそのやり取りがあるように思っています。作品作るときとかに同じ感覚だからこそ「先にしてやられた」とか、ヤキモチのようなことかってあるんでしょうか。それは共同作業としていい感覚なのかな。 ごめんなさい、自分で何言ってるか。

 

康輝:

いえいえ。確かに。 

 

質問者3:

普通の人だったら、いい作品に対するジェラシーっていうものがあるんですけど、兄弟間ではあるんでしょうか。

 

優輝:

ないかも...どうなんやろ。 

 

康輝:

意外に役割分担みたいなんがあって。僕、文章書けないんです。全然こんな量書けないというか。だから嫉妬っていうよりも、リスペクトみたいな。 おお、すげえ、みたいな感じが多いかも。

 

優輝:

意外にね。自然と。 

 

原田:

確かあそこの本の帯は康輝さんが「羨ましいよ」って書かれてましたよね。 

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2021年『NAVY BLUE』 大道優輝 桜の花本舗

康輝:

僕もその自衛隊行ってこういう証明写真とかやりたかったけど、そんな自衛隊にまず行きたいと思わないから、すげえ、みたいな。行きよったであいつ、と思いながら、そっちの方が、なんなんですかね。もしかしたら別々のことしてたら嫉妬してたかもしれないですけど。同じ土俵でやってるからこそ、リスペクトの方かなあ。 

 

優輝:

同じことができることもあるし、できないことも。例えば展示空間とかは康輝の方が得意で、僕は全く浮かべへんというか。なんか微妙に違うというか。でも同じは同じなんですけど、うまいことなってんのかな。 

 

質問者3:

ありがとうございます。

見返すことをするようになった後と前の変化

原田:

あと 1 つぐらいかな。あ、お願いします。 

 

質問者4:

今日は貴重なお話や作品見せていただいてありがとうございました。最初の方でたくさん撮った写真を初めて見てもらった時に、このたくさんの量のものを見返したことがあるかって言われたっていう話があったんですけど、そのお話を聞かれてから、見返すようになってから、見返さないと後で変わったこととか気づいたことってもしあったら教えていただきたいんですけど。

 

優輝:

うーん...

康輝:

いいですか。見返してから...ちょっと待ってね。今ゆっくり喋るわ。ちょっと待ってな。 

 

優輝:

だから、この本(『タイムアフタータイム』)はそのプロセスで写真を見返して、この写真集について書いたんですけど、こう作ってる時は、撮ってる時も、僕らあらかじめ何かテーマを決めて撮ってるわけじゃなくて。だから見返して、その 1 枚 1 枚に、その出来事を書いてったっていうことなんですけど、そういうふうに見返していく中で、文章を 1 枚ずつ書いてって、確かめてって、この自分の考えを目に見える形にして。そうすると、自分の中の写真の強度が出てくるというか。さらに、自分のことをわかっていったら、より面白くなってくるというか、次の制作につながる。内にある、さらに作りたい欲望に気づく。

今、新しく作りたい本があるんですけど、それは見返したからこそ出てくる、写真っていうかできる本。例えばこの自衛隊のメモ帳とかも、僕は意図してやってたわけじゃなくて、気づいたら、やり取りで手紙の感じでやってたんですけど。展示とかで人に見てもらえるきっかけがあって、僕もそういう『タイム アフター タイム』とか書いて、自分のやってきたこととか振り返ったりして見返してく中で、あれ、と思って、このメモ帳ってもしかしたらすごいなんか自分にとって重要なことで、重要な時期じゃないのかって思って引っ張り出してきたんですよ。でも、見返してなかったら、僕はただ、押し入れに納めてる手紙のようなものでしかなかったんですよね。でもこう見返すことによって、僕自身が、なんかあれっと、これはただ単の紙切れだけど、その時にしかできなかったことだし、っていうことを思い始めて、今その本を作ろうとしてて、そういうふうに無意識にやってたけど、振り返ることによって、違う見方になって、それが結構重要やったりして、しかもそれを人に見せたときに反応が返ってきたりとかして、それがまた展示してっていう。見返すことによって、無意識にやってる癖みたいな。それって結局自分にしかなかったりするものなんで、見返すって意味はそういうことなのかなって思うんですけどね。見返すことによってしかできないっていうか、生まれないもの。これを見返さず、ずっと撮ってたら、強度はないかもしれないと僕は思いますね。写真とかそういうものに対して。1 回立ち止まって振り返る。写真は撮るっていうよりも、見返すことの方に重きを置いてますね。撮らないと見返せないってのもあるけど。 

 

康輝:

シンプルに見返してない時は結構、表面を掬ったような写真ばっかりを選んでたというか。でも、そういう写真を選ばなくなった。見返したから。それを繰り返すことによって、そういう写真じゃなくて、もっと自分の深いところで何かこう感じるものを選ぶようになったりとか。それをこう言葉で言うのは難しいんですけど、そういうことは伝わると思いますし、そういう写真を選ぶし、見るようになったっていうのと、例えば誰かにこの写真はあんまり良くないよねって言われた時に、良くないんかなってなってしまう。見返してない時は。すごい他人の意見に左右されてたんですけど、こう、見返すことによって、そこら辺の強度、優輝も言ってたけど、これは絶対に外せないみたいな強度みたいなのは、見返すたびにどんどん強くなっていって、そういう面で見返すことでそういうこともなんか得てるんじゃないかなって思います。はい。 

あと、見返すことによって次の作品にもつながるというか、自分の根底にある題材が見えてくるというか。反応できるようになる。これ、撮らないといけないという使命感みたいなものが備ってくるのかなと思います。

​まだ、抽象的なことしか言えないですが、それはそれでいいと思ってあえて言葉にしてみました。

 

原田:

そうですね。写真集を見てても同じイメージが別の写真集にあったり。 

 

康輝:

そう。 

 

原田:

それはやっぱり見返してるからこそ出てくるものなんだなと思いました。 

 

優輝:

うん、そうやね。繰り返してるね。

 

原田:

ありがとうございます。ご質問いただき。 

 

大道:

ありがとうございます。

​登壇者紹介

​大道兄弟

DAIDO bros

1994年、山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの兄優輝と弟康輝の双子の兄弟。現在は京都を中心に活動、発行所「桜の花本舗」を主宰。2人で写真集制作の他、それぞれの名義での活動も行う。これまで2人が作ったハンドメイドブックは60冊以上。2021年に100部限定の写真集『My name is My name is…』(私家版)を刊行、2024年に赤々舎から同書を共同出版。2025年に私家版写真集第二弾『TAXI DRIVER』を上梓。過去10年にわたる写真集制作の軌跡を紹介する展覧会「Time Upon A Time」(2024 FF Seoul : 韓国、PURPLE : 京都)を開催。2025年に「Ghost Memory : 失われた時間への旅」韓国現代写真映像学会が主催する国際写真映像グループ展に参加。

​原田桃望​

Momomi Harada

京都芸術大学大学院美術研究科グローバル・ゼミ修了。在学中に関西クィア映画祭2021の実行委員を務める。2022年よりアートスペースPURPLE(京都)の立ち上げから関わり、2年間ギャラリー業務を専任する中で、写真を中心とした展覧会やイベントの企画・運営に携わる。2024年4月より国際芸術センター青森(ACAC)学芸員に着任。写真・映像・本を介した場づくりに関心を持ち、イベントや展覧会企画、執筆活動を行っている。ACACではアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業や「ACACの写真部」(2024-25年度)などを担当。これまでの主な企画として、「(災害ユートピア)」(2025、ACAC)、読書会「波をかさねる」(2022–24、PURPLE)、rajiogoogoo「泣き子党事務所」(2022、KIKA gallery)、「20世紀の写真芸術」(2017、大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco))等。主な著書に『岡部桃「イルマタル」試論─クィア写真を媒質として─』(2024、私家版)がある。

新刊 大道兄弟 私家版写真集 第二弾
大道康輝 写真集 『TAXI DRIVER』

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​大道康輝 写真集 『TAXI DRIVER』

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​登壇者紹介

​大道兄弟

DAIDO bros

1994年、山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの兄優輝と弟康輝の双子の兄弟。現在は京都を中心に活動、発行所「桜の花本舗」を主宰。2人で写真集制作の他、それぞれの名義での活動も行う。これまで2人が作ったハンドメイドブックは60冊以上。2021年に100部限定の写真集『My name is My name is…』(私家版)を刊行、2024年に赤々舎から同書を共同出版。2025年に私家版写真集第二弾『TAXI DRIVER』を上梓。過去10年にわたる写真集制作の軌跡を紹介する展覧会「Time Upon A Time」(2024 FF Seoul : 韓国、PURPLE : 京都)を開催。2025年に「Ghost Memory : 失われた時間への旅」韓国現代写真映像学会が主催する国際写真映像グループ展に参加。

​原田桃望​

Momomi Harada

京都芸術大学大学院美術研究科グローバル・ゼミ修了。在学中に関西クィア映画祭2021の実行委員を務める。2022年よりアートスペースPURPLE(京都)の立ち上げから関わり、2年間ギャラリー業務を専任する中で、写真を中心とした展覧会やイベントの企画・運営に携わる。2024年4月より国際芸術センター青森(ACAC)学芸員に着任。写真・映像・本を介した場づくりに関心を持ち、イベントや展覧会企画、執筆活動を行っている。ACACではアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業や「ACACの写真部」(2024-25年度)などを担当。これまでの主な企画として、「(災害ユートピア)」(2025、ACAC)、読書会「波をかさねる」(2022–24、PURPLE)、rajiogoogoo「泣き子党事務所」(2022、KIKA gallery)、「20世紀の写真芸術」(2017、大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco))等。主な著書に『岡部桃「イルマタル」試論─クィア写真を媒質として─』(2024、私家版)がある。

新刊 大道兄弟 私家版写真集 第二弾
​大道康輝 写真集 『TAXI DRIVER』

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大道康輝 写真集『TAXI DRIVER』

大道兄弟 私家版写真集、第二弾2023年にたった一冊だけ手づくりしたハンドメイド写真集『TAXI DRIVER』。その一冊を今回、自主レーベル〈桜の花本舗〉から“復刊”。

本写真集には、作家自身で小口を塗り、一冊ずつ手を動かし、表紙に痕跡を残しています。
(※手作業で行っているため、一冊ごとに少しずつ仕上がりが異なります。)

京都を拠点に活動する双子のアーティスト、大道兄弟の弟、大道康輝による写真集。

「あのとき」なくなったことにならない”とこれまでの活動を話し合った双子の対話収録。

“写真自体には写らないものが、写真集にすることで立ち上がってくる。一つひとつの音を繋ぎ合わせて再構成されるメロディーみたいに。自分が信じているもの、経験、好きなもの…。ぼやけていたものに少しずつピントが合っていく。写真をやる前の、なんとなく生きていた時とは違って、自分のやってきたことが経験と共にこれしかないものになっていくのを感じた。思い出として振り返るんじゃなくて、自分の道はこうやって写真集として振り返って、「あのときってなんだったんだろう」と考え、もう一度、カタチ作ることの繰り返しの中にしかない。それを身体で理解した。”
(大道兄弟 双子の対話より抜粋)

TAXI DRIVER
Photography by Koki DAIDO

Size : H205 × W316mm
Binding : Soft Cover
Text : 96 pages
First Edition : 200 copies
Price : ¥6,000 + tax

First Edition : 1st December, 2025
Art Direction : Koki DAIDO
Dialogue & Editorial Support : Yuki DAIDO
Publisher : Daido bros
Publishing House : Sakura no Hana Books
Printed and Bound by Nissha Printing Communications. Inc.(Japan)

大道康輝 写真集『TAXI DRIVER』

大道兄弟 私家版写真集、第二弾2023年にたった一冊だけ手づくりしたハンドメイド写真集『TAXI DRIVER』。その一冊を今回、自主レーベル〈桜の花本舗〉から“復刊”。

本写真集には、作家自身で小口を塗り、一冊ずつ手を動かし、表紙に痕跡を残しています。
(※手作業で行っているため、一冊ごとに少しずつ仕上がりが異なります。)

京都を拠点に活動する双子のアーティスト、大道兄弟の弟、大道康輝による写真集。

「あのとき」なくなったことにならない”とこれまでの活動を話し合った双子の対話収録。

“写真自体には写らないものが、写真集にすることで立ち上がってくる。一つひとつの音を繋ぎ合わせて再構成されるメロディーみたいに。自分が信じているもの、経験、好きなもの…。ぼやけていたものに少しずつピントが合っていく。写真をやる前の、なんとなく生きていた時とは違って、自分のやってきたことが経験と共にこれしかないものになっていくのを感じた。思い出として振り返るんじゃなくて、自分の道はこうやって写真集として振り返って、「あのときってなんだったんだろう」と考え、もう一度、カタチ作ることの繰り返しの中にしかない。それを身体で理解した。”
(大道兄弟 双子の対話より抜粋)

TAXI DRIVER
Photography by Koki DAIDO

Size : H205 × W316mm
Binding : Soft Cover
Text : 96 pages
First Edition : 200 copies
Price : ¥6,000 + tax

First Edition : 1st December, 2025
Art Direction : Koki DAIDO
Dialogue & Editorial Support : Yuki DAIDO
Publisher : Daido bros
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