SAKURA NO HANA HONPO
ACACトークイベント
「自分という本をつくる」ことを
考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)
ACACトークイベント 前編
「自分という本をつくる」ことを
考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)
ACACトークイベント 前編
「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)
ACACトークイベント
「自分という本をつくる」ことを
考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)

ACACトークイベント 前編
「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)
【トークイベント】
場所:ACAC展示棟ラウンジ
日時:2025年8月16日(土)14:30-16:00
Photo by ACAC
ACACトークイベント 前編
「自分という本をつくる」ことを考えるとき僕たちが語ること
(大道康輝×大道優輝×原田桃望)
Photo by ACAC
【トークイベント】
場所:ACAC展示棟ラウンジ
日時:2025年8月16日(土)14:30-16:00
大道兄弟の10年に及ぶ活動を振り返る
目次
前編
原田:
皆さん、こんにちは。
会場:こんにちは。
大道:
こんにちは。
原田:
本日は、お集まりいただきありがとうございます。国際芸術センター(ACAC) 学芸員の原田です。今回、大道兄弟のお2 人をお招きしてトークを行いたいと思います。皆さんから向かって右側が大道康輝さんです。
康輝:
お願いします。
原田:
左側が大道優輝さんです。
優輝:
お願いします。
原田:
このトークに至った経緯を少しお話ししたいと思います。まず、ACACでは 《ACACの写真部》という集まりがあります。《ACACの写真部》は、2021 年に松本美枝子さんという写真家の方がACACで滞在制作と展示をしたことがきっかけに組織されたグループです。現在は、月に1 回集まって、メンバーと一緒に企画を考え、活動を行っています。今も写真部のメンバーが来てくださっているんですが、今回のトークも「ACACの写真部」企画の 1 つになっています。
なぜこのトークを写真部で企画したかと言いますと、1 年間メンバーの皆さんと一緒に活動していく中で、皆さんが写真を撮るだけじゃなく、“撮ったものをどうするか”というところに興味があることに気づいたことがきっかけです。私も自分で本を作ったことはあるのですが、やっぱり自分で本を作るとなると、今はウェブにデータをアップして印刷所が印刷・製本をして送ってくれたり、個人でも簡単なプロセスで本が作れるようになっています。なので、自分で本を作るってなったときは、そういう方法が一部主流ではあるんですけれども、そうではない作り方があること、そしてそうではないからこそ生まれる魅力があることを大道兄弟の活動を見ていて感じていました。
大道兄弟は、印刷所で作った写真集もあるのですが、ほとんどが自分たちでプリント、製本して本を作っているんですよね。そういう気軽なプロセスを経ないで手作業で作るものの良さというか、そういうところをすごく強く感じていて、「こういう方法もあるんだよ」っていうのを、まず皆さんに知ってもらいたいなっていうのが、1 つ目の理由としてあります。
2 つ目の理由が、個人的な理由にはなってしまうのですが、私は去年(2024年)の3月まで、 京都にあるギャラリーとブックショップのPURPLE という場所に勤めていました。 PURPLE は、赤々舎の代表、姫野希美さんと青幻舎の会長、安田英樹さんが共同で作った場所で、赤と青を混ぜて「パープル」という名前の由来になっています。大道兄弟のお2 人は赤々舎の方でお手伝いをされていて、実はそのときから面識はあったんですよね。ちょうど去年の 4 月に大道兄弟の個展を PURPLE でやることになったんですけれど、私が4月からACACに着任したので、ちょっと入れ違いのような形になってしまった。ただ、展示を作る初期の段階で、大道兄弟の本や、これまでやってきたことを聞いていて、それまでは仕事の中でのコミュニケーションしかなかったんですけど、大道兄弟のお2 人自身がめちゃくちゃ面白い活動だったり、写真だったりを撮っているので、そのことについて改めて今日はお話を聞いていきたいなということでお呼びしました。

2024年4月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 PURPLE 京都
原田:
本日はリラックスして話したいなと思っているので、皆さんもリラックスして聞いていただきたいなと思います。
まず、大道兄弟は 2014 年から写真を撮り始め、活動してきたんですけど、10 数年に及ぶ活動を皆さんに向けてポイント、ポイントでお話していただこうと思っています。
次に、大道兄弟としてお2人に聞きたいことと、1人ずつ、康輝さんに聞きたいこと、優輝さんに聞きたいことを私がそれぞれ用意してきたので、それについてもお話ができたらと思っています。
その後に、これから大道兄弟がしたいと思っていることについて、それぞれ話してもらおうと思います。トークイベントの最後は、皆さんも聞いている中だったり、イベント前に大道兄弟の本を見られた方がいらっしゃると思うんですけど、こういうこと聞いてみたいというのがあれば、質問する時間を設けたいと思います。
一応、大阪出身(原田)、大阪育ち(大道兄弟)なので関西弁が出るかもしれません。
会場:(笑)
大道兄弟の 10 年に及ぶ活動
を振り返る
渡英して写真を始めたこと
原田:
それでは、まず大道兄弟の 10 年に及ぶ活動を振り返りたいと思うんですけれども、私が聞いている話では、優輝さんが 2014 年にイギリスに行かれる。
優輝:
はい。
原田:
そこで写真と出会って、康輝さんも一緒に写真をやるようになる。
康輝:
そうですね。
原田:
そこについてお話を聞きたいなと思っています。なんで行くことになったんですか?
優輝:
行くってなったのは、特に目的はなくて、あんまり学校のクラスに馴染めているように自分のことが思えなくて。他者とうまく喋れないし、喋れない理由もわからない。もっと馴染めるようにこの性格を直さないと、と。でも、何を直せばいいのかわからないし、わけがわからない状態で、居場所がない感覚。ここじゃない場所、誰も知らないどこかに行きたいなと思って。
なんでイギリスを選んだかっていうと、高校生の時に英語を教えてくれた先生がイギリスの方で、その先生がよくイギリスの音楽を教えてくれて聴かせてくれてた。漠然と、イギリスってこういう人たちがいるのかなと思って、どうなるかわからないけど、状況が何か変わるのかなとイギリスに行った。
原田:
どれくらいの期間行かれてたんですか?
優輝:
約 1 年かな。向こうに行っても結局、居場所がなくて、1 人でずっと当てもなくふらふら歩いたりしてるときに、たまたまフィルムカメラをアンティークショップで見つけて、なぜか「これや」と、探してた居場所が見つかったような感覚になった。当時フィルムカメラは、触ったことはなく、携帯とかで見たことはあったけど。それから撮って、現像所に出して、2 週間後にプリントしたものが出てきてっていうのが、すごい興奮した。撮り始めてから、いろんな場所に行くようになったというか、写真を介して話しをしたいと思ってた人とも話せるようになってきた。
ある時に、ホストファミリーにお金を貸してて、その貸してたお金を返してもらった際に「ありがとう、写真が好きだったよな」って、お礼に使ってないフィルムカメラを1 台貰って、そのタイミングで康輝がイギリスに遊びに来たから、そのカメラを康輝に渡した。「写真をやってみて」と。それが、2人とも写真を撮り始めたきっかけかな。
原田:
康輝さんは、優輝さんが当時撮っていた写真を見て、衝撃を受けたって言ってましたね。
康輝:
そう。優輝が大学の1回生の2月頃に突然、渡英したんやけど、何してんのか気になってて、俺も12月に会いに行った。写真を優輝みたいに自分の感情が左右されたときに撮るということを、周りでやってる人もいないし、写真という存在を意識したこともなかった。大学生で携帯電話を持ち始めて、それで友達を撮ったりはしてたけど、写真の知識は全くなく。家電量販店でカメラが置いてるくらいの認識で、興味も一切ないし、そもそも、フィルムカメラ自体の存在も知らなく。実際、イギリスに行って「何やってんの?」って聞いた。そしたら、「色々撮ってんねん」と。フィルムカメラを見せてもらって「何これ?」って、「どう使うん?」みたいな感じで、 まさか、イギリスに行って写真をやってるとも思ってなく。「なんで写真!?」って、ほんまにまさかで。それで、「1 台あげる」ってことで貰って。 そのあと、実際に2Lサイズでプリントした写真をテーブルにばーって並べて、白黒で見せてもらった。なんか、独特な感触で。俺が知ってる、いわゆる観光の写真じゃないのがわかった。優輝が感じてるものを撮っていたというか、伝わるものがあった。そこで、 スケートボードもやっていたらしく、小学生ぐらいのキッズたちと一緒に滑りながら撮ってた写真を見て。
原田:
今、その写真はあったりしますか。ウェブサイトにあるかな。 (大道兄弟のウェブサイトを会場に投影する)


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.

2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.
康輝:
これが、写真やり始めたときのスケートキッズのポートレートで、なんかわからんけど、めっちゃいいってなった。
人と話すことがあんま得意じゃなかったから、コミットしてるのが、なんかすげえ、想像させられるというか、どういう生活を送ってたか、写真を見てそういうエピソード聞いて、うわって。これ双子やからかもしんないですけど、なんか伝わるものがめっちゃあって、俺もそのときにいたような感じ。俺もやりたいってなって、フィルム装填の仕方もわからへんねんけど装填して。最後、撮りきったら、後ろの裏蓋のとこポチッと押して、巻かなあかんねんけど、そんなん知らんから、とりあえず巻けばいいと思ってガーってやって。せっかくイギリスで撮った写真フィルムがちぎれて感光しちゃって、俺のはないねん。ないねんけど、それぐらい扱い方を知らんくて。
原田:
康輝さんもロンドンに 1 週間行って、写真を撮っていたんですよね。
康輝:
そう撮ってた。そういうのが出会いかな。
優輝:
康輝が来て、色々何があったか喋ろうと思ったんやけど、細かく感じたことを伝えるのが難しくて、写真を見てもらった方が伝わるような気がした。康輝にとりあえず「写真を見てくれ」って。感じたことがそれで伝わると思って見せたっていうのがきっかけ。日記も当時つけてたから、それを見せても良かったのかもしれないけど、今思えばまだ言葉にならなかったことや、それによって違う伝わり方になるかもしれないと考え、自分が感じたそのままが写真にはまだ秘められてるように感じた。
康輝:
そう。言葉だけで「こういうことがあって」と話されてたら、「へぇー、そうなんや」みたいな会話で終わってたけど、写真があったことによって、もっとこう、優輝の見てきたもの、感じたことの世界に連れていかれた感じがして、俺もやりたいって引きずり込まれた。
原田:
そのときはもう、本にしてまとめてたっていうよりも写真そのまんまで見せてた?
優輝:
写真集の存在をまだ知らんかった。
康輝:
そのまんま。2L 版の束をドンドン、ドンドン。
原田:
でも、束にはなってたんですね。
康輝:
束だった。カードをきるように見るみたいな。
優輝:
そこから、美術館とかに行くようになった。写真を撮り始めてから、イギリスの学校の先生に、「写真をやってるなら、ナショナル・ポートレート・ギャラリーに行ってみて」と教えてもらったり。
原田:
ちなみに、本を作り始めたってのはこの次らへんですか。
優輝:
そうやね、イギリスの生活が終わって帰ってきても興奮みたいなのがずっと続いてた。そこから康輝が日本でスケボーをやってて、スケボーの文化で、ZINE を作るカルチャーがあって、チープにホッチキスでパンパンと留めてみんなに配る。その流れもあったり。あと、イギリスで初めて写真集をもらったんよ。写真をやってるならって。ソーホーにある老舗の古着屋さんっていうか、昔の服を保管してたりする場所で、パターンを学んだりしてる人がきたり。そこに、日本人の方が働いてて。その人に写真を見てもらったときに色々と紹介してもらった。ルームメイトの人がフォトグラファーの方やったり。それで、「おいでよ」ってルームシェアしてる家に招いてもらった。そん時、康輝もおったから一緒に行って、手料理を食べながら何気ない会話して、「これよかったらあげるよ」って写真集を初めてもらったし、色んな写真集や音楽も教えてもらった。
康輝:
その時間がよくて、なんかこういうの作りたいなって。
優輝:
日本に帰ってきて自分らの手で、できることを考え始めて、康輝がまず写真をまとめ、作り始めたやんな。
康輝:
うん。それが始まりかな。
優輝:
広告の裏紙を利用したり、深夜のコンビニで1 時間ぐらいプリントしに行ってた。それを、ホッチキスで留めて、お互いに見して、また作って。
原田:
お互いに撮っては見せあい、撮っては見せあい。
優輝:
そうそう、撮って見せて、撮って見せて。
原田:
なるほど。
海上自衛隊に入隊中の写真の
やりとり
原田:
優輝さんが 2019 年に海上自衛隊に入隊されるんですよね。康輝さんは変わらずに仕事を続けられていた。
康輝:
そう。そのときは、スタジオのカメラマンとして働いてた。
原田:
お聞きした話だと、やっぱり海上自衛隊はすごい厳しい規則がある生活で、カメラとかも持ち込められへんくて。でも、そこでも2人は写真のコミュニケーションを続けていった。どういう風に続けていったんですか。会場にも当時お2人が送り合っていたものの一つがありますよね。
優輝:
うん。そうやね、自衛隊に行った理由も、写真をやっていくけど、別に仕事があるわけでもないし、自分の写真ってなんなんだろうって、何をしたらいいのかも、この先どうなりたいかもわからないというか。今思えば、そういうもんなんだけど、生活や人生に迷って、悩んで考えてた。働いてたけど、なかなか自分が思うように動けなくて。この状況をなんとかしないといけないなと思った。働くなら何を撮りたいとかはわからないけど、写真を撮りたいと思える場所に行こうと。色んな人に相談しようと思ってたけど、当時はそう思える人もいなく。それで写真集みたり、街を歩いたり。自衛隊の資料を家に取り寄せたりたもしてて、そのときに自衛官の人が家に来て、「話をしましょう」と。このままだといけないよなと思う反面、自衛官にどうしてもなりたくてなってる人たちの中に入るのは僕みたいなやつは失礼だよな、不純な動機だよな、誰も許さないよな、とか。どういう理由ならいいんだろうとかね。でも、最後は担当の自衛官の人が「どんな動機でもいいから」「それでいいから」「いきなり自衛官になるんじゃなくて、教育隊で学んだり、考えたりする時間があるから」と。「試験もあるから、誰でもなれるわけじゃない」と言われて、受けてみた。それで、受かって京都の舞鶴に移動した。
もう使わないと思ってスマートフォンも解約して、外の人と連絡取れへんなって。入ってから気づくんだけど、カメラは隊舎内に持ち込めない。そんな時に、僕からまず康輝宛に送ったかな、 手紙を。入隊してから2週間後くらいに自由な時間がもらえるようになったから「無事着いたよ」って。それで1週間後くらいに手紙が返ってきて、写真を印刷した紙の裏に文章がちょっと書いてあって。普通に嬉しくて。そっから、カメラない状態やけど、どうにかして写真撮って、今の状態を康輝に送りたいなって。
教育隊ってとこにまず入るんやけど、まず教養っていうか、自衛官としてのことを勉強するために、京都の舞鶴に何ヶ月間か入った。そこに、康輝が来てくれて、外で落ち合ってカメラを受け取った。でも、中には持ち込まれへんから、どうしようって。隊舎の近くに 1 軒だけ喫茶店があって、そこのマスターにお願いして「こういう事情でカメラ持ってちゃダメなんで預けさせてもらっていいですか?」って。土曜日と日曜日が外出許可があって、 8 時半に外出できるんやけど、その時に「絶対にここに取りに来るんで」って伝えて。マスター は元々海上自衛官やったから理解があって「いいよ」って。だから休日はその喫茶店に朝行って、カメラをピックアップして、仲間を撮ったりして、帰隊時刻になったらもう 1 回喫茶店行ってカメラ預けて、隊舎に戻る。それを繰り返してた。
最終的に、康輝にフィルムごと全部送った。そして、配属部隊が決まって、広島の呉に移動すんねんけど、 大きい艦艇に配属になって、そこの方が自由効かなくなった。艦艇での共同生活やから、結構ストレスも大きくて。コロナも始まって、自由に外も出られへん。康輝との手紙もめっちゃタイムラグがあるというか、どういう手紙かってチェックされたりもして。
原田:
そうなんですね。
優輝:
艦艇に乗ってるから、いつ航海するかとかも外に言われへん。荷物が届いてるよって知らせが来て、陸に取りに行って。そこでも、艦艇にカメラ持ち込みできへんから、どうしようかなと。でも、カメラがない状態でも写真は撮りたいって欲望はあって。最初は”写ルンです”を買って、1 日で撮りきり、そのまま現像に出す。そして、次の外出の機会にフィルムをピックアップして、それを繰り返しててんけど、自分が撮りたいことが撮れてないなと思いながら。そんな時に、証明写真機が目に触れて、ここで自分の姿、持ち物、友達とかを箱に入れて撮り始めた。艦艇に戻った時に、支給された糸、 制服とかを縫うためのその糸で、吸い終わったタバコの包装紙を捨てずに貯めて、その包装紙に写真を縫い付けて、束にして和綴じでメモ帳を作ってた。そのメモ帳を康輝に送り、「頑張ってるよ、そちらはどお?」って。
![名称未設定-1 [復元]_アートボード 1.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_136c3fbfc23846ea8b2039f1a18c0e72~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_36,w_1276,h_1011/fill/w_980,h_776,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D_%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%201.jpg)
2020年 Yuki DAIDO 『 NAVY BLUE』NOTEBOOK
原田:
あとで皆さんも見てもらえたらと思うんですけど、そのメモ帳のような写真集も持ってきていただいています。鉛筆で文字も書き込まれていますね。
優輝:
撮った時刻とかを書いてたと思う。すごく時間を意識させられてたから。証明写真機も、普通に撮ったら、すげえ真っ白 で、ライトとかも、なんかのっぺりで違和感っていうか。だから、照明を黒画用紙とかで隠したりして、陰影をつけてライティング決めてる。
原田:
そうやって撮ってたんですね。
優輝:
そう。その時期に、康輝も写真をずっと撮ってて、写真を送りあってた。そのやり取りをずっとしてたって感じかな。俺は証明写真機で撮って、そういうメモ帳作って、康輝に送って、康輝は逆に『AM6:04』の写真をずっと。
![名称未設定-1 [復元]_アートボード 1.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_06cc79d05dc54544b86841c6f089a04d~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_5,w_1276,h_1231/fill/w_980,h_945,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D_%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%201.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
康輝:
そもそも、海上自衛官って周りにいなかったし、どういう生活してるのかってのが気になるからさ、「状況を送ってよ」って。生活がどういうことしてるかとか。それで、すげえ規則正しく、厳しいとこのなかでも写真を撮ってて。俺もなんかできへんかなというか、エネルギーをもらった。シンプルに 「あっ、忘れてた、俺もこういうことしたいよな」ってなって。
元々、2人で一緒に、この写真のとこに住んでた。
優輝:
自衛隊行く前にね。
康輝:
すごい変な物件で。
優輝:
4LLDDKK?みたいな。
康輝:
まあ、2 つの部屋を壁ぶち抜かれて、キッチン 2 つあるし、お風呂は2 つあるし、 入口も 2 つあるみたいな部屋。
優輝:
文化住宅っていう、大阪の高度経済成長期に労働者向けに建てられた木造の集合住宅で。
康輝:
めっちゃ古い集合住宅で、今は海外の人が住んでて、俺らの周りはみんな海外の人。カレーの匂いがずっとしてる。
優輝:
僕らの部屋は僕らが住む前、6 人ぐらいで住んでたみたい。
康輝:
6 人ぐらいで共同で住んでたらしくて、めちゃくちゃ広い。キッチンとお風呂が 2 つあるから、1 つを暗室にして。
写真をやる環境を作りたかったから、お金ないけど、4 万で住めてて。ただ、電気代、水道代が倍かかんねん。なんか、2 件で契約せなあかんくて、だから、結局、安かったんかな?ってなってるんやけど。
会場:(笑)
康輝:
そういうところに住んでて、優輝からメモ帳とかが届き、自分の生活を記録したいなってことで。優輝もいなくなったし、当時オカンも亡くなった。それで不在を感じることが多く、オカンが亡くなった時刻が6 時 4 分。
原田:
あ、タイトルの。
康輝:
そう。その 6 時 4 分に撮っていこうかと。朝起きてパシャみたいな記録やねんけど、結局 6 時 4 分に起きられへんから。
原田:
この写真は5時30分。
![名称未設定-1 [復元]-02.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_b9767f6b8bea442692e72e48136bd641~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_0,w_1276,h_638/fill/w_980,h_490,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-02.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
康輝:
そう、はやく起きてしまったり、昼になったり。結局 6 時 4 分に起きれたことあるんかなぐらいの。
会場:(笑)
原田:
これは 8 時。
康輝:
うん。結局ね。
優輝:
俺は逆にもうきっかり 5 時 55 分に起きてた。
原田:
5 時 55 分。
康輝:
決まってんねんて。
優輝:
ラッパの音で起床して。毎日。
康輝:
逆にこう、すごいよな、休日も同じ時刻に起きてるの。
原田:
でもこの時は 6 時 4 分。
![名称未設定-1 [復元]-03.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_882336e1568f42888b09d2b05d9bcd9e~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_50,w_1276,h_1107/fill/w_980,h_850,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-03.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
優輝:
あ、起きた。
康輝:
起きれたんや。
会場:(笑)
原田:
本当にその時の生活がそのまま残ってるって感じですね。
康輝:
うん、そうやでな。今思えば。
優輝:
こういう写真を見て、僕もエネルギーをもらってた。面白かった。見ててちゃんと生活できてる日もあれば、すげぇ散らかってる日もあったり、康輝は写ってはないけど、感じるものがあって。
康輝:
そのお互いのやりとり
優輝:
をずっとしてた。
原田:
なるほど。じゃあ、自分たちで見せるために本を作っていたという感じですかね。
康輝:
うん。
優輝:
そうやね。
作った本を他者に
みせはじめたこと
原田:
それが自分たち以外に、外に行くようになったきっかけもちょっと気になっています。
優輝:
そうよな。
康輝:
確かにね。そもそもがイギリスの話にまた戻っちゃうんやけど。写真の出会い以外にも、人との出会いにも衝撃を受けた。
原田:
どんな人達と出会ったんですか?
康輝:
フォトグラファーとか、スタイリストとか。
優輝:
何か表現してるというか、活動している人達がいたね。
康輝:
いろんな人がいて、それが衝撃というか。
優輝:
そういう、生き方もあるんやっていうか。
原田:
大学卒業したら、社会人になって会社入ってっていう、一般的に想像しがちな生き方以外みたいな。
康輝:
そう。なんか、それ以外の生き方しているというのが衝撃。
優輝:
僕はあれかも、モヤモヤしてたのは、活動がなかったというか、その人たちを見て、すごい刺激になって、自分で何か活動することが…
(優輝が康輝を見る)
康輝:
えぐいパス。
会場:(笑)
原田:
ちょっと戻しましょう。
康輝:
ちょっと戻して(笑)
そういうことで、こういう人たちがいるんだってなって。で、自分らも写真をやって、本を作ってっていう行為まで辿り着くやんか。それを次は、身近な人に写真を見せんねんけど「何してるんかわからへん」、「テスト勉強した方がいいんじゃない」みたいな反応やって。イギリスでああいうことがあったけど、日本に帰ってきてから、あのとき2人で感じた感動とは違う反応やって。それから、人に写真を見せることが臆病になって。そのあとも写真を撮って、本を作ってを繰り返していくんやけど、あるときに写真家の石川竜一さんに会いに行くねん。
そん時は、写真集とかを持たず、ただ竜一さんに会いに沖縄に行った。竜一さんが駅まで迎えに来てくれて。「俺だけのために沖縄来たの?初めてだよ」って言われて、「いつもみんなついでに来るのに…これからどうする?」って。とりあえず、「遊んでください」って言って。竜一さんの写真集『絶景のポリフォニー』の世界観にどんどん連れていってもらった。
優輝:
しかも直に見たんやんな、撮影してるとことか。
康輝:
そう。なんか地面に這いつくばって、撮ってたり。なんかすげえなって、写真の欲。声かけてポートレート撮ってたり、当時は、絶対無理やなと思ってた。声かけてポートレイト撮るのが。そして、写真を普段からずっと考えていて撮ってる感じがすげーって思っていた。そもそも何の質問やっけ。
原田:
あれ。なんやったっけ。そうそう、他の人に見せようと思ったきっかけや。
康輝:
きっかけや。そうやそうや。色々、話しを聞いてもくれて、竜一さんからも、色々アドバイスをもらって、「技術じゃないよ、もっと色々経験とか、見たりとか、人に会うって行為が大事なんじゃない」って。「技術は後からっていうか、それよりも先に何か大切なことがあるよ」みたいな話とか、そういう言葉をもらって、そんときは竜一さんに写真は見せへんかってんけど。
優輝:
その出来事を僕に話してくれて、めっちゃ刺激もらって。やっぱ動かなって…そっからヒッチハイクしたりとか、なんかやらなと思って、次は僕が会いに行くねん。竜一さんに1 人で。そんときは写真集を持って。
康輝:
燃やしてる写真集か。
原田:
燃やしたんですね?
優輝:
その…緊張しすぎて、そん時もタバコ吸ってて、ずっとタバコの火を消すときに本の表紙にジューってやって、緊張しすぎて。
康輝:
変なやつ
会場:(笑)



2018年 Yuki DAIDO 『 First at last』
優輝:
その写真集を見てくれて、色々そんときも言ってくださって、「もうこれしかないっていう写真を 1 枚に絞って、めっちゃ苦しいけど、それを頑張って」って言われて、「間延びしてるよ、いろんな写真が入りすぎて」
康輝:
「似たような写真もあるし」っていうので、
優輝:
「この写真集を見ただけで、めちゃくちゃ写真撮ってるのはわかるからこれしかないっていう一枚を見つけて」って言われて。
康輝:
それで、竜一さんに見せた時に、「他の人に写真を見してますか?」って。
優輝:
それも言われた。「他の人に写真を見した方がいい」って。
康輝:
で、「見してないです。」って言って、そしたら、色々名前を挙げてくださって、大阪やったらとか、赤々舎の姫野さんとか、「アポイント取って見せた方がいいんじゃない?」って。「そうですか...」って言って、 人に見せるのが怖くて、しばらくやらんかった。
会場:(笑)
康輝:
もっと作るほう、作るほうというか。ちょっと時間が空くねん。それも、追い込まれてから。また、どう生きたらいいのかって考えてて。そういえば、竜一さんが、「姫野さんに見せた方がいいんじゃない?」って言ってくれたから、それをやろう、となって。姫野さんに、俺らそん時ヒッチハイクとかしてて、たぎってて、エネルギーが有り余ってた。そして、「大阪から京都までチャリで行きます。写真を見てください」ってメールして。
会場:(笑)
優輝:
ヒッチハイクしてたからその気持ちで、めっちゃ迷惑なことやし、なんでやってるかもわからないし、説明もできないし、どうしても姫野さんに見てもらいたいという動機も曖昧で、ただなんとかしないとって。会ったこともないから、失礼なことかもしれないし、忙しい中で時間を割いて写真を見てもらえるのかって、返事は期待しないけど、返事きてくれと願ったりと、グルグル考えてて。
康輝:
そう、そういう気持ちがチャリになった。
メールの最後らへんに、「石川竜一さんが紹介してくれました。」と添えて送ったら、返事はなくて。
後日談やねんけど、 めちゃめちゃ怖かったと、姫野さんが後に、俺たちが赤々舎で手伝うようになって「めっちゃ怖かったよ。あれはやめて」っていう話で。
会場:(笑)
康輝:
ざわついたらしくて、「誰これ?」「めっちゃ怖いメール来てる」って。姫野さんが、竜一さんに、「竜一の知り合いからメール来てるんだけど」って言って、竜一さんから「ダメだよ、 自転車は怖いよ」って。
会場:(笑)
康輝:
「けど、めっちゃいいやつだからって言っといたよ」って。結局、竜一さんが京都に来るタイミングで、「優輝と康輝も来て写真をみてもらった方がいいから」「2人が作った本を全部持ってきて」と。「姫野さんに繋げるから」って言ってくれて、竜一さんが泊まってた一軒家にスーツケース2 つに30冊くらい本を入れて、持って行った。姫野さんと竜一さんで本をバーって広げて 1 冊1 冊見てくれて、「うーん」となんとも言えない、微妙な表情で。2人に言われたことが、「写真を撮って、ずっと本を作ってきたのはわかる。でも、写真を見返したことある?」って言われた。「見返すとは?」ってなって、自分が思う写真を撮れるまで撮り続けるっていうのが大事なんじゃないかと思ってたけど、「見返した方がいいよ、今まで撮ってきたもの全部を」と。姫野さんが「見返す行為も撮る行為だから。」って教えてくれて。それをきっかけに、今まで撮った写真をもう一度改めて見返すようになる。
優輝:
本も、もう一回見返したりしてな。
ちょっと意味合いが変わってきた。作ったものとか写真とか見てたけど、5、6 年前の写真とか時間が経ったものをもう 1 回、1 枚ずつ、ゆっくり見返すっていうか、ただ単にこう見返すっていうことじゃなくて、今改めていろんな人に会って色々教えてもらった中で、もう 1 回、これってなんやったんやろっていうのを立ち止まって、考えながら見返してた感じかな。
自分の写真ってなんなんだろとか、否定的に自分の写真を見てたり、見返すことで初めて見方もゆっくりと変わっていってることに気づいたり。あと赤々舎で、ちょっと手伝い始めて。
赤々舎での手伝いから得たもの
原田:
そうですね。赤々舎って皆さんご存知ですか。姫野さんの名前がさっきから出てるんですけど、赤々舎は京都にあるアートブックの出版社で、その代表が姫野さんです。話にも出た石川さんの写真集とか、いい写真集がたくさん作られてきています。
康輝:
木村伊兵衛賞っていう写真界の芥川賞を赤々舎から出版された写真集が何回も賞を取っています。
優輝:
浅田政志さんや石川竜一さんだったり。
康輝:
写真界で重要な出版社であり、姫野さんも重要な存在。
原田:
そうですよね。お手伝いをし始めたんですよね。2021 年くらいから。
康輝:
はい。
原田:
今で、4、5 年目で。
優輝:
4 年目かな。そこで、200 冊ぐらいタイトルがあって、実際に本をくれたりとか、「勉強した方がいいんじゃない」とか、「見といた方がいいよ」っていうのを。
赤々舎の倉庫があって、そこで本整理したりなんかしてる時に、休憩時間に見たりとかして、相当数の作家さんを教えてもらったし、いろんな見方とか、視点とか、自然と触れる機会が多くて、姫野さんも何の惜しげもなくいろんな人を紹介してくれたりして。
それで、だいぶ自分の写真に対する考えとか、 見方とかっていうのが、形成されて、変わってきて、そういう意味でもう 1 度、写真とかを見返して、自分の中で見え方が変わってるのを実感した。
そんなときに、『My name is My name is...』を、赤々舎に入ってから作り始めた。

2021年9月『My name is My name is...』 大道兄弟 桜の花本舗
原田:
へー。この本、これって初めて印刷所で作ったものじゃないですか。
優輝:
そうそう、印刷所で。
原田:
しかも限定 100 部だったんですよね。
優輝:
最初はね。
原田:
のちに赤々舎と共同出版することになったんですけど。あとでみなさん見てください。
優輝:
そうそう。自分らで作ってたものが、そういう風に出版社と本を共同出版したりとか。
原田:
それはやっぱり赤々舎で働き始めたから?
康輝:
それはでかいと思う。仕事終わった後とかによく写真を見てもらってた。
優輝:
そうね。
康輝:
あんまりないやんか。編集者の人に写真を見てもらおうと思ったら、きっちりアポイント取らなあかんけど、 働いてるが故に、仕事終わりとかに打ち合わせをするような流れで見てもらっていた。
姫野さんもできる限り作品を見ようとしてはいるけど、なかなか忙しすぎて。
原田:
なんかさっきの話だと、結構それぞれが作って、見せ合ってたんですけど、この本(『My name is My name is…』)は 大道兄弟として出してるんですね。それまでは一緒に出すことはなかった?
優輝:
2 人で作ったんは初めてちゃう。
原田:
そうなんだ。じゃあこれがきっかけで一緒に本を作ったり、写真を見たり、構成したりがあった。
優輝:
そうやね、それがきっかけかもね。今までは、お互いが本を作ってたのが、本の中でやりとりを行った。展示も 1 つの空間の中でお互いがやりとりをするっていう形でやるようになったかな。
原田:
なるほど。
大道兄弟の個展を経て
原田:
それで、個展を開催するわけですよね。去年かな。
優輝:
はい。
原田:
去年、韓国のソウルにある FFSeoul っていう若い写真家たちが開いたスペースがあって、
そこで、3 月に個展をして、4月にも国内で私が以前働いていた PURPLE っていうところで個展を大道兄弟としてやったんですよね。
割とそれまでは本を持っていって見てもらうっていうことをやって、でも『My name is My name is...』では 100 部刷って販売もしたりして、その次に展示で空間で見せるっていうことをやって。だんだん広がってる感じがします。
展示写真を皆さんにお見せします。

2024年3月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 FF SEOUL 韓国
原田:
1 枚の大きい写真があって、これまでのハンドメイドの写真集が置いてある。
そして、この壁は2 人で共同で写真を貼った。

2024年3月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 FF SEOUL 韓国
原田:
この写真は3 月から 4 月にかけて開催した京都の PURPLE の方ですね。
これは左と右で分けたんでしたっけ。

2024年4月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 PURPLE 京都
康輝:
左の壁が俺康輝で、右が優輝。
原田:
真ん中は。
康輝:
2 人でミックスした。
原田:
反響とかどうでした?
優輝:
韓国は、その場所を運営してる FFSeoul に展評が届いてたりしたね。
康輝:
うんうん。俺は、展示が作品や自分を決定する行為のように思えて、つまり、明るい部屋。
空間に置いた瞬間、外に出て宣言している感覚で。だからあまり軽々しく扱いたくはないし、未完成のまま走り続けることが大切と考えてたから。ハンドメイドブックは経過であって自分で、できる限りコントロールできて、他者の視線をシャットダウンできる暗い部屋やね。
だから、そのときは展示はまだやと、本を作ることのほうが大事やってなってたから。
優輝:
想像できんかったよね。
康輝:
何が起こるか俺らもわかってなくて。
優輝:
韓国、京都で展示して、やっぱりこう、展示をすることによって、 初めて大竹昭子さんや石川竜一さんとトークイベントした。
原田:
初めて石川竜一さんとトークをしたんですか?
優輝:
今までこう、「最近、何してんの?」ぐらいの、友達との会話みたいな感じやったけど、初めてこう、作品についてお互いが喋るみたいな機会があったのは、展示やったからっていうのはあると思います。
原田:
確かに。展示はよりパブリックなものですよね。
優輝:
うんうん、それは本にはないことなのかもなっていうのは感じたな。直接いろいろ言ってくれる人もいたり。
原田:
しかも、展示が終わってから、2 人はまた本にもしていて。カタログって言えばいいんですか?
優輝:
アーカイブとしてトークの内容を文字起こししたりとか。
![名称未設定-1 [復元]-08.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_914c2142a361467a864a7950437da12d~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_1388,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-08.jpg)
2024年6月『TIME UPON A TIME』アーカイブブック 大道兄弟 桜の花本舗
康輝:
そうやそうや。
優輝:
残しときたいなと思って。
ウィローさんっていう韓国のキュレーターの人が展評を書いてくれたりとか、展示やったことによって、次の展示の声がかかったりとか。本ではできひんかった動きが。
原田:
そうですね、また韓国で、今年?
康輝:
今年です。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道兄弟 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
これですよね。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道康輝 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
これは詩?
康輝:
そう。詩を書いた。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道優輝 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
こっちは優輝さんの写真ですよね。
優輝:
そう、手紙のやりとりを展示したな。
原田:
こう、話してたら 1 時間経ってしまったんですけど。休憩しようかなと。
原田:
ちょっと 15 分ぐらい休憩を取りたいと思います。
康輝:
ありがとうございます。
登壇者紹介
大道兄弟
DAIDO bros
1994年、山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの兄優輝と弟康輝の双子の兄弟。現在は京都を中心に活動、発行所「桜の花本舗」を主宰。2人で写真集制作の他、それぞれの名義での活動も行う。これまで2人が作ったハンドメイドブックは60冊以上。2021年に100部限定の写真集『My name is My name is…』(私家版)を刊行、2024年に赤々舎から同書を共同出版。2025年に私家版写真集第二弾『TAXI DRIVER』を上梓。過去10年にわたる写真集制作の軌跡を紹介する展覧会「Time Upon A Time」(2024 FF Seoul : 韓国、PURPLE : 京都)を開催。2025年に「Ghost Memory : 失われた時間への旅」韓国現代写真映像学会が主催する国際写真映像グループ展に参加。
原田桃望
Momomi Harada
京都芸術大学大学院美術研究科グローバル・ゼミ修了。在学中に関西クィア映画祭2021の実行委員を務める。2022年よりアートスペースPURPLE(京都)の立ち上げから関わり、2年間ギャラリー業務を専任する中で、写真を中心とした展覧会やイベントの企画・運営に携わる。2024年4月より国際芸術センター 青森(ACAC)学芸員に着任。写真・映像・本を介した場づくりに関心を持ち、イベントや展覧会企画、執筆活動を行っている。ACACではアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業や「ACACの写真部」(2024-25年度)などを担当。これまでの主な企画として、「(災害ユートピア)」(2025、ACAC)、読書会「波をかさねる」(2022–24、PURPLE)、rajiogoogoo「泣き子党事務所」(2022、KIKA gallery)、「20世紀の写真芸術」(2017、大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco))等。主な著書に『岡部桃「イルマタル」試論─クィア写真を媒質として─』(2024、私家版)がある。
新刊 大道兄弟 私家版写真集 第二弾
大道康輝 写真集 『TAXI DRIVER』

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目次
大道兄弟の10年に及ぶ活動を振り返る
前編
原田:
皆さん、こんにちは。
会場:こんにちは。
大道:
こんにちは。
原田:
本日は、お集まりいただきありがとうございます。国際芸術センター(ACAC) 学芸員の原田です。今回、大道兄弟のお2 人をお招きしてトークを行いたいと思います。皆さんから向かって右側が大道康輝さんです。
康輝:
お願いします。
原田:
左側が大道優輝さんです。
優輝:
お願いします。
原田:
このトークに至った経緯を少しお話ししたいと思います。まず、ACACでは 《ACACの写真部》という集まりがあります。《ACACの写真部》は、2021 年に松本美枝子さんという写真家の方がACACで滞在制作と展示をしたことがきっかけとなり組織されたグループです。現在は、月に1 回集まって、メンバーと一緒に企画を考え、活動を行っています。今も写真部のメンバーが来てくださっているんですが、今回のトークも「ACACの写真部」の企画の 1 つになっています。
なぜこのトークを写真部で企画したかと言いますと、1 年間メンバーの皆さんと一緒に活動していく中で、皆さんが写真を撮るだけじゃなく、“撮ったものをどうするか”というところに興味があることに気づいたことがきっかけです。私も自分で本を作ったことはあるのですが、やっぱり自分で本を作るとなると、今はウェブにデータをアップして印刷所が印刷・製本をして送ってくれたり、個人でも簡単なプロセスで本が作れるようになっています。なので、自分で本を作るってなったときは、そういう方法が一部主流ではあるんですけれども、そうではない作り方があること、そしてそうではないからこそ生まれる魅力があることを大道兄弟の活動を見ていて感じていました。
大道兄弟は、印刷所で作った写真集もあるのですが、ほとんどが自分たちでプリント、製本して本を作っているんですよね。そういう気軽なプロセスを経ないで手作業で作るものの良さというか、そういうところをすごく強く感じていて、「こういう方法もあるんだよ」っていうのを、まず皆さんに知ってもらいたいなっていうのが、1 つ目の理由としてあります。
2 つ目の理由が、個人的な理由にはなってしまうのですが、私は去年(2024年)の3月まで、 京都にあるギャラリーとブックショップのPURPLE という場所に勤めていました。 PURPLE は、赤々舎の代表、姫野希美さんと青幻舎の会長、安田英樹さんが共同で作った場所で、赤と青を混ぜて「パープル」という名前の由来になっています。大道兄弟のお2 人は赤々舎の方でお手伝いをされていて、実はそのときから面識はあったんですよね。ちょうど去年の 4 月に大道兄弟の個展を PURPLE でやることになったんですけれど、私が4月からACACに着任したので、ちょっと入れ違いのような形になってしまった。ただ、展示を作る初期の段階で、大道兄弟の本や、これまでやってきたことを聞いていて、それまでは仕事の中でのコミュニケーションしかなかったんですけど、大道兄弟のお2 人自身がめちゃくちゃ面白い活動だったり、写真だったりを撮っているので、そのことについて改めて今日はお話を聞いていきたいなということでお呼びしました。

2024年4月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 PURPLE 京都
原田:
本日はリラックスして話したいなと思っているので、皆さんもリラックスして聞いていただきたいなと思います。
まず、大道兄弟は 2014 年から写真を撮り始め、活動してきたんですけど、10 数年に及ぶ活動を皆さんに向けてポイント、ポイントでお話していただこうと思っています。
次に、大道兄弟としてお2人に聞きたいことと、1人ずつ、康輝さんに聞きたいこと、優輝さんに聞きたいことを私がそれぞれ用意してきたので、それについてもお話ができたらと思っています。その後に、これから大道兄弟がしたいと思っていることについて、それぞれ話してもらおうと思います。トークイベントの最後は、皆さんも聞いている中だったり、イベント前に大道兄弟の本を見られた方がいらっしゃると思うんですけど、こういうこと聞いてみたいというのがあれば、質問する時間を設けたいと思います。
一応、大阪出身(原田)、大阪育ち(大道兄弟)なので関西弁が出るかもしれません。
会場:(笑)
大道兄弟の 10 年に及ぶ活動を振り返る
渡英して写真を始めたこと
原田:
それでは、まず大道兄弟の 10 年に及ぶ活動を振り返りたいと思うんですけれども、私が聞いている話では、優輝さんが 2014 年にイギリスに行かれる。
優輝:
はい。
原田:
そこで写真と出会って、康輝さんも一緒に写真をやるようになる。
康輝:
そうですね。
原田:
そこについてお話を聞きたいなと思っています。なんで行くことになったんですか?
優輝:
行くってなったのは、特に目的はなくて、あんまり学校のクラスに馴染めているように自分のことが思えなくて。他者とうまく喋れないし、喋れない理由もわからない。もっと馴染めるようにこの性格を直さないと、と。でも、何を直せばいいのかわからないし、わけがわからない状態で、居場所がない感覚。ここじゃない場所、誰も知らないどこかに行きたいなと思って。
なんでイギリスを選んだかっていうと、高校生の時に英語を教えてくれた先生がイギリスの方で、その先生がよくイギリスの音楽を教えてくれて聴かせてくれてた。漠然と、イギリスってこういう人たちがいるのかなと思って、どうなるかわからないけど、状況が何か変わるのかなとイギリスに行った。
原田:
どれくらいの期間行かれてたんですか?
優輝:
約 1 年かな。向こうに行っても結局、居場所がなくて、1 人でずっと当てもなくふらふら歩いたりしてるときに、たまたまフィルムカメラをアンティークショップで見つけて、なぜか「これや」と、探してた居場所が見つかったような感覚になった。当時フィルムカメラは、触ったことはなく、携帯とかで見たことはあったけど。それから撮って、現像所に出して、2 週間後にプリントしたものが出てきてっていうのが、すごい興奮した。撮り始めてから、いろんな場所に行くようになったというか、写真を介して話しをしたいと思ってた人とも話せるようになってきた。
ある時に、ホストファミリーにお金を貸してて、その貸してたお金を返してもらった際に「ありがとう、写真が好きだったよな」って、お礼に使ってないフィルムカメラを1 台貰って、そのタイミングで康輝がイギリスに遊びに来たから、そのカメラを康輝に渡した。「写真をやってみて」と。それが、2人とも写真を撮り始めたきっかけかな。
原田:
康輝さんは、優輝さんが当時撮っていた写真を見て、衝撃を受けたって言ってましたね。
康輝:
そう。優輝が大学の1回生の2月頃に突然、渡英したんやけど、何してんのか気になってて、俺も12月に会いに行った。写真を優輝みたいに自分の感情が左右されたときに撮るということを、周りでやってる人もいないし、写真という存在を意識したこともなかった。大学生で携帯電話を持ち始めて、それで友達を撮ったりはしてたけど、写真の知識は全くなく。家電量販店でカメラが置いてるくらいの認識で、興味も一切ないし、そもそも、フィルムカメラ自体の存在も知らなく。実際、イギリスに行って「何やってんの?」って聞いた。そしたら、「色々撮ってんねん」と。フィルムカメラを見せてもらって「何これ?」って、「どう使うん?」みたいな感じで、 まさか、イギリスに行って写真をやってるとも思ってなく。「なんで写真!?」って、ほんまにまさかで。それで、「1 台あげる」ってことで貰って。 そのあと、実際に2Lサイズでプリントした写真をテーブルにばーって並べて、白黒で見せてもらった。なんか、独特な感触で。俺が知ってる、いわゆる観光の写真じゃないのがわかった。優輝が感じてるものを撮っていたというか、伝わるものがあった。そこで、 スケートボードもやっていたらしく、小学生ぐらいのキッズたちと一緒に滑りながら撮ってた写真を見て。
原田:
今、その写真はあったりしますか。ウェブサイトにあるかな。 (大道兄弟のウェブサイトを会場に投影する)


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.


2014年 Yuki DAIDO Lewes, The U.K.
康輝:
これが、写真やり始めたときのスケートキッズのポートレートで、なんかわからんけど、めっちゃいいってなった。
人と話すことがあんま得意じゃなかったから、コミットしてるのが、なんかすげえ、想像させられるというか、どういう生活を送ってたか、写真を見てそういうエピソード聞いて、うわって。これ双子やからかもしんないですけど、なんか伝わるものがめっちゃあって、俺もそのときにいたような感じ。俺もやりたいってなって、フィルム装填の仕方もわからへんねんけど装填して。最後、撮りきったら、後ろの裏蓋のとこポチッと押して、巻かなあかんねんけど、そんなん知らんから、とりあえず巻けばいいと思ってガーってやって。せっかくイギリスで撮った写真フィルムがちぎれて感光しちゃって、俺のはないねん。ないねんけど、それぐらい扱い方を知らんくて。
原田:
康輝さんもロンドンに 1 週間行って、写真を撮っていたんですよね。
康輝:
そう撮ってた。そういうのが出会いかな。
優輝:
康輝が来て、色々何があったか喋ろうと思ったんやけど、細かく感じたことを伝えるのが難しくて、写真を見てもらった方が伝わるような気がした。康輝にとりあえず「写真を見てくれ」って。感じたことがそれで伝わると思って見せたっていうのがきっかけ。日記も当時つけてたから、それを見せても良かったのかもしれないけど、今思えばまだ言葉にならなかったことや、それによって違う伝わり方になるかもしれないと考え、自分が感じたそのままが写真にはまだ秘められてるように感じた。
康輝:
そう。言葉だけで「こういうことがあって」と話されてたら、「へぇー、そうなんや」みたいな会話で終わってたけど、写真があったことによって、もっとこう、優輝の見てきたもの、感じたことの世界に連れていかれた感じがして、俺もやりたいって引きずり込まれた。
原田:
そのときはもう、本にしてまとめてたっていうよりも写真そのまんまで見せてた?
優輝:
写真集の存在をまだ知らんかった。
康輝:
そのまんま。2L 版の束をドンドン、ドンドン。
原田:
でも、束にはなってたんですね。
康輝:
束だった。カードをきるように見るみたいな。
優輝:
そこから、美術館とかに行くようになった。写真を撮り始めてから、イギリスの学校の先生に、「写真をやってるなら、ナショナル・ポートレート・ギャラリーに行ってみて」と教えてもらったり。
原田:
ちなみに、本を作り始めたってのはこの次らへんですか。
優輝:
そうやね、イギリスの生活が終わって帰ってきても興奮みたいなのがずっと続いてた。そこから康輝が日本でスケボーをやってて、スケボーの文化で、ZINE を作るカルチャーがあって、チープにホッチキスでパンパンと留めてみんなに配る。その流れもあったり。あと、イギリスで初めて写真集をもらったんよ。写真をやってるならって。ソーホーにある老舗の古着屋さんっていうか、昔の服を保管してたりする場所で、パターンを学んだりしてる人がきたり。そこに、日本人の方が働いてて。その人に写真を見てもらったときに色々と紹介してもらった。ルームメイトの人がフォトグラファーの方やったり。それで、「おいでよ」ってルームシェアしてる家に招いてもらった。そん時、康輝もおったから一緒に行って、手料理を食べながら何気ない会話して、「これよかったらあげるよ」って写真集を初めてもらったし、色んな写真集や音楽も教えてもらった。
康輝:
その時間がよくて、なんかこういうの作りたいなって。
優輝:
日本に帰ってきて自分らの手で、できることを考え始めて、康輝がまず写真をまとめ、作り始めたやんな。
康輝:
うん。それが始まりかな。
優輝:
広告の裏紙を利用したり、深夜のコンビニで1 時間ぐらいプリントしに行ってた。それを、ホッチキスで留めて、お互いに見して、また作って。
原田:
お互いに撮っては見せあい、撮っては見せあい。
優輝:
そうそう、撮って見せて、撮って見せて。
原田:
なるほど。
海上自衛隊に入隊中の写真のやりとり
原田:
優輝さんが 2019 年に海上自衛隊に入隊されるんですよね。康輝さんは変わらずに仕事を続けられていた。
康輝:
そう。そのときは、スタジオのカメラマンとして働いてた。
原田:
お聞きした話だと、やっぱり海上自衛隊はすごい厳しい規則がある生活で、カメラとかも持ち込められへんくて。でも、そこでも2人は写真のコミュニケーションを続けていった。どういう風に続けていったんですか。会場にも当時お2人が送り合っていたものの一つがありますよね。
優輝:
うん。そうやね、自衛隊に行った理由も、写真をやっていくけど、別に仕事があるわけでもないし、自分の写真ってなんなんだろうって、何をしたらいいのかも、この先どうなりたいかもわからないというか。今思えば、そういうもんなんだけど、生活や人生に迷って、悩んで考えてた。働いてたけど、なかなか自分が思うように動けなくて。この状況をなんとかしないといけないなと思った。働くなら何を撮りたいとかはわからないけど、写真を撮りたいと思える場所に行こうと。色んな人に相談しようと思ってたけど、当時はそう思える人もいなく。それで写真集みたり、街を歩いたり。自衛隊の資料を家に取り寄せたりたもしてて、そのときに自衛官の人が家に来て、「話をしましょう」と。このままだといけないよなと思う反面、自衛官にどうしてもなりたくてなってる人たちの中に入るのは僕みたいなやつは失礼だよな、不純な動機だよな、誰も許さないよな、とか。どういう理由ならいいんだろうとかね。でも、最後は担当の自衛官の人が「どんな動機でもいいから」「それでいいから」「いきなり自衛官になるんじゃなくて、教育隊で学んだり、考えたりする時間があるから」と。「試験もあるから、誰でもなれるわけじゃない」と言われて、受けてみた。それで、受かって京都の舞鶴に移動した。
もう使わないと思ってスマートフォンも解約して、外の人と連絡取れへんなって。入ってから気づくんだけど、カメラは隊舎内に持ち込めない。そんな時に、僕からまず康輝宛に送ったかな、 手紙を。入隊してから2週間後くらいに自由な時間がもらえるようになったから「無事着いたよ」って。それで1週間後くらいに手紙が返ってきて、写真を印刷した紙の裏に文章がちょっと書いてあって。普通に嬉しくて。そっから、カメラない状態やけど、どうにかして写真撮って、今の状態を康輝に送りたいなって。
教育隊ってとこにまず入るんやけど、まず教養っていうか、自衛官としてのことを勉強するために、京都の舞鶴に何ヶ月間か入った。そこに、康輝が来てくれて、外で落ち合ってカメラを受け取った。でも、中には持ち込まれへんから、どうしようって。隊舎の近くに 1 軒だけ喫茶店があって、そこのマスターにお願いして「こういう事情でカメラ持ってちゃダメなんで預けさせてもらっていいですか?」って。土曜日と日曜日が外出許可があって、 8 時半に外出できるんやけど、その時に「絶対にここに取りに来るんで」って伝えて。マスター は元々海上自衛官やったから理解があって「いいよ」って。だから休日はその喫茶店に朝行って、カメラをピックアップして、仲間を撮ったりして、帰隊時刻になったらもう 1 回喫茶店行ってカメラ預けて、隊舎に戻る。それを繰り返してた。
最終的に、康輝にフィルムごと全部送った。そして、配属部隊が決まって、広島の呉に移動すんねんけど、 大きい艦艇に配属になって、そこの方が自由効かなくなった。艦艇での共同生活やから、結構ストレスも大きくて。コロナも始まって、自由に外も出られへん。康輝との手紙もめっちゃタイムラグがあるというか、どういう手紙かってチェックされたりもして。
原田:
そうなんですね。
優輝:
艦艇に乗ってるから、いつ航海するかとかも外に言われへん。荷物が届いてるよって知らせが来て、陸に取りに行って。そこでも、艦艇にカメラ持ち込みできへんから、どうしようかなと。でも、カメラがない状態でも写真は撮りたいって欲望はあって。最初は”写ルンです”を買って、1 日で撮りきり、そのまま現像に出す。そして、次の外出の機会にフィルムをピックアップして、それを繰り返しててんけど、自分が撮りたいことが撮れてないなと思いながら。そんな時に、証明写真機が目に触れて、ここで自分の姿、持ち物、友達とかを箱に入れて撮り始めた。艦艇に戻った時に、支給された糸、 制服とかを縫うためのその糸で、吸い終わったタバコの包装紙を捨てずに貯めて、その包装紙に写真を縫い付けて、束にして和綴じでメモ帳を作ってた。そのメモ帳を康輝に送り、「頑張ってるよ、そちらはどお?」って。
![名称未設定-1 [復元]_アートボード 1.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_136c3fbfc23846ea8b2039f1a18c0e72~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_36,w_1276,h_1011/fill/w_980,h_776,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D_%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%201.jpg)
2020年 Yuki DAIDO 『 NAVY BLUE』NOTEBOOK
原田:
あとで皆さんも見てもらえたらと思うんですけど、そのメモ帳のような写真集も持ってきていただいています。鉛筆で文字も書き込まれていますね。
優輝:
撮った時刻とかを書いてたと思う。すごく時間を意識させられてたから。証明写真機も、普通に撮ったら、すげえ真っ白 で、ライトとかも、なんかのっぺりで違和感っていうか。だから、照明を黒画用紙とかで隠したりして、陰影をつけてライティング決めてる。
原田:
そうやって撮ってたんですね。
優輝:
そう。その時期に、康輝も写真をずっと撮ってて、写真を送りあってた。そのやり取りをずっとしてたって感じかな。俺は証明写真機で撮って、そういうメモ帳作って、康輝に送って、康輝は逆に『AM6:04』の写真をずっと。
![名称未設定-1 [復元]_アートボード 1.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_06cc79d05dc54544b86841c6f089a04d~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_5,w_1276,h_1231/fill/w_980,h_945,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D_%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%201.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
康輝:
そもそも、海上自衛官って周りにいなかったし、どういう生活してるのかってのが気になるからさ、「状況を送ってよ」って。生活がどういうことしてるかとか。それで、すげえ規則正しく、厳しいとこのなかでも写真を撮ってて。俺もなんかできへんかなというか、エネルギーをもらった。シンプルに 「あっ、忘れてた、俺もこういうことしたいよな」ってなって。元々、2人で一緒に、この写真のとこに住んでた。
優輝:
自衛隊行く前にね。
康輝:
すごい変な物件で。
優輝:
4LLDDKK?みたいな。
康輝:
まあ、2 つの部屋を壁ぶち抜かれて、キッチン 2 つあるし、お風呂は 2 つあるし、 入口も 2 つあるみたいな部屋。
優輝:
文化住宅っていう、大阪の高度経済成長期に労働者向けに建てられた木造の集合住宅で。
康輝:
めっちゃ古い集合住宅で、今は海外の人が住んでて、俺らの周りはみんな海外の人。カレーの匂いがずっとしてる。
優輝:
僕らの部屋は僕らが住む前、6 人ぐらいで住んでたみたい。
康輝:
6 人ぐらいで共同で住んでたらしくて、めちゃくちゃ広い。キッチンとお風呂が 2 つあるから、1 つを暗室にして。写真をやる環境を作りたかったから、お金ないけど、4 万で住めてて。ただ、電気代、水道代が倍かかんねん。なんか、2 件で契約せなあかんくて、だから、結局、安かったんかな?ってなってるんやけど。
会場:(笑)
康輝:
そういうところに住んでて、優輝からメモ帳とかが届き、自分の生活を記録したいなってことで。優輝もいなくなったし、当時オカンも亡くなった。それで不在を感じることが多く、オカンが亡くなった時刻が6 時 4 分。
原田:
あ、タイトルの。
康輝:
そう。その 6 時 4 分に撮っていこうかと。朝起きてパシャみたいな記録やねんけど、結局 6 時 4 分に起きられへんから。
原田:
この写真は5時30分。
![名称未設定-1 [復元]-02.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_b9767f6b8bea442692e72e48136bd641~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_0,w_1276,h_638/fill/w_980,h_490,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-02.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
康輝:
そう、はやく起きてしまったり、昼になったり。結局 6 時 4 分に起きれたことあるんかなぐらいの。
会場:(笑)
原田:
これは 8 時。
康輝:
うん。結局ね。
優輝:
俺は逆にもうきっかり 5 時 55 分に起きてた。
原田:
5 時 55 分。
康輝:
決まってんねんて。
優輝:
ラッパの音で起床して。毎日。
康輝:
逆にこう、すごいよな、休日も同じ時刻に起きてるの。
原田:
でもこの時は 6 時 4 分
![名称未設定-1 [復元]-03.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_882336e1568f42888b09d2b05d9bcd9e~mv2.jpg/v1/crop/x_0,y_50,w_1276,h_1107/fill/w_980,h_850,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-03.jpg)
2019年 Koki DAIDO 『 AM 6:04』
優輝:
あ、起きた。
康輝:
起きれたんや。
会場:(笑)
原田:
本当にその時の生活がそのまま残ってるって感じですね。
康輝:
うん、そうやでな。今思えば。
優輝:
こういう写真を見て、僕もエネルギーをもらってた。面白かった。見ててちゃんと生活できてる日もあれば、すげぇ散らかってる日もあったり、康輝は写ってはないけど、感じるものがあって。
康輝:
そのお互いのやりとり
優輝:
をずっとしてた。
原田:
なるほど。じゃあ、自分たちで見せるために本を作っていたという感じですかね。
康輝:
うん。
作った本を他者にみせはじめたこと
原田:
それが自分たち以外に、外に行くようになったきっかけもちょっと気になっています。
優輝:
そうよな。
康輝:
確かにね。そもそもがイギリスの話にまた戻っちゃうんやけど。写真の出会い以外にも、人との出会いにも衝撃を受けた。
原田:
どんな人達と出会ったんですか?
康輝:
フォトグラファーとか、スタイリストとか。
優輝:
何か表現してるというか、活動している人達がいたね。
康輝:
いろんな人がいて、それが衝撃というか。
優輝:
そういう、生き方もあるんやっていうか。
原田:
大学卒業したら、社会人になって会社入ってっていう、一般的に想像しがちな生き方以外みたいな。
康輝:
そう。なんか、それ以外の生き方しているというのが衝撃。
優輝:
僕はあれかも、モヤモヤしてたのは、活動がなかったというか、その人たちを見て、すごい刺激になって、自分で何か活動することが…
(優輝が康輝を見る)
康輝:
えぐいパス。
会場:(笑)
原田:
ちょっと戻しましょう。
康輝:
ちょっと戻して(笑)
そういうことで、こういう人たちがいるんだってなって。で、自分らも写真をやって、本を作ってっていう行為まで辿り着くやんか。それを次は、身近な人に写真を見せんねんけど「何してるんかわからへん」、「テスト勉強した方がいいんじゃない」みたいな反応やって。イギリスでああいうことがあったけど、日本に帰ってきてから、あのとき2人で感じた感動とは違う反応やって。それから、人に写真を見せることが臆病になって。そのあとも写真を撮って、本を作ってを繰り返していくんやけど、あるときに写真家の石川竜一さんに会いに行くねん。
そん時は、写真集とかを持たず、ただ竜一さんに会いに沖縄に行った。竜一さんが駅まで迎えに来てくれて。「俺だけのために沖縄来たの?初めてだよ」って言われて、「いつもみんなついでに来るのに…これからどうする?」って。とりあえず、「遊んでください」って言って。竜一さんの写真集『絶景のポリフォニー』の世界観にどんどん連れていってもらった。
優輝:
しかも直に見たんやんな、撮影してるとことか。
康輝:
そう。なんか地面に這いつくばって、撮ってたり。なんかすげえなって、写真の欲。声かけてポートレート撮ってたり、当時は、絶対無理やなと思ってた。声かけてポートレイト撮るのが。そして、写真を普段からずっと考えていて撮ってる感じがすげーって思っていた。そもそも何の質問やっけ。
原田:
あれ。なんやったっけ。そうそう、他の人に見せようと思ったきっかけや。
康輝:
きっかけや。そうやそうや。色々、話しを聞いてもくれて、竜一さんからも、色々アドバイスをもらって、「技術じゃないよ、もっと色々経験とか、見たりとか、人に会うって行為が大事なんじゃない」って。「技術は後からっていうか、それよりも先に何か大切なことがあるよ」みたいな話とか、そういう言葉をもらって、そんときは竜一さんに写真は見せへんかってんけど。
優輝:
その出来事を僕に話してくれて、めっちゃ刺激もらって。やっぱ動かなって…そっからヒッチハイクしたりとか、なんかやらなと思って、次は僕が会いに行くねん。竜一さんに1 人で。そんときは写真集を持って。
康輝:
燃やしてる写真集か。
原田:
燃やしたんですね?
優輝:
その…緊張しすぎて、そん時もタバコ吸ってて、ずっとタバコの火を消すときに本の表紙にジューってやって、緊張しすぎて。
康輝:
変なやつ
会場:(笑)



2018年 Yuki DAIDO 『 First at last』
優輝:
その写真集を見てくれて、色々そんときも言ってくださって、「もうこれしかないっていう写真を 1 枚に絞って。めっちゃ苦しいけど、それを頑張って」って言われて、「間延びしてるよ、いろんな写真が入りすぎて」
康輝:
「似たような写真もあるし」っていうので、
優輝:
「この写真集を見ただけで、めちゃくちゃ写真撮ってるのはわかるからこれしかないっていう一枚を見つけて」って言われて。
康輝:
それで、竜一さんに見せた時に、「他の人に写真を見してますか?」って。
優輝:
それも言われた。「他の人に写真を見した方がいい」って。
康輝:
で、「見してないです。」って言って、そしたら、色々名前を挙げてくださって、大阪やったらとか、赤々舎の姫野さんとか、「アポイント取って見せた方がいいんじゃない?」って。「そうですか...」って言って、 人に見せるのが怖くて、しばらくやらんかった。
会場:(笑)
康輝:
もっと作るほう、作るほうというか。ちょっと時間が空くねん。それも、追い込まれてから。また、どう生きたらいいのかって考えてて。そういえば、竜一さんが、「姫野さんに見せた方がいいんじゃない?」って言ってくれたから、それをやろう、となって。姫野さんに、俺らそん時ヒッチハイクとかしてて、たぎってて、エネルギーが有り余ってた。そして、「大阪から京都までチャリで行きます。写真を見てください」ってメールして。
会場:(笑)
優輝:
ヒッチハイクしてたからその気持ちで、めっちゃ迷惑なことやし、なんでやってるかもわからないし、説明もできないし、どうしても姫野さんに見てもらいたいという動機も曖昧で、ただなんとかしないとって。会ったこともないから、失礼なことかもしれないし、忙しい中で時間を割いて写真を見てもらえるのかって、返事は期待しないけど、返事きてくれと願ったりと、グルグル考えてて。
康輝:
そう、そういう気持ちがチャリになった。
メールの最後らへんに、「石川竜一さんが紹介してくれました。」と添えて送ったら、返事はなくて。
後日談やねんけど、 めちゃめちゃ怖かったと、姫野さんが後に、俺たちが赤々舎で手伝うようになって「めっちゃ怖かったよ。あれはやめて」っていう話で。
会場:(笑)
康輝:
ざわついたらしくて、「誰これ?」「めっちゃ怖いメール来てる」って。姫野さんが、竜一さんに、「竜一の知り合いからメール来てるんだけど」って言って、竜一さんから「ダメだよ、 自転車は怖いよ」って。
会場:(笑)
康輝:
「けど、めっちゃいいやつだからって言っといたよ」って。結局、竜一さんが京都に来るタイミングで、「優輝と康輝も来て写真をみてもらった方がいいから」「2人が作った本を全部持ってきて」と。「姫野さんに繋げるから」って言ってくれて、竜一さんが泊まってた一軒家にスーツケース2 つに30冊くらい本を入れて、持って行った。姫野さんと竜一さんで本をバーって広げて 1 冊1 冊見てくれて、「うーん」となんとも言えない、微妙な表情で。2人に言われたことが、「写真を撮って、ずっと本を作ってきたのはわかる。でも、写真を見返したことある?」って言われた。「見返すとは?」ってなって、自分が思う写真を撮れるまで撮り続けるっていうのが大事なんじゃないかと思ってたけど、「見返した方がいいよ、今まで撮ってきたもの全部を」と。姫野さんが「見返す行為も撮る行為だから。」って教えてくれて。それをきっかけに、今まで撮った写真をもう一度改めて見返すようになる。
優輝:
本も、もう一回見返したりしてな。ちょっと意味合いが変わってきた。作ったものとか写真とか見てたけど、5、6 年前の写真とか時間が経ったものをもう 1 回、1 枚ずつ、ゆっくり見返すっていうか、ただ単にこう見返すっていうことじゃなくて、今改めていろんな人に会って色々教えてもらった中で、もう 1 回、これってなんやったんやろっていうのを立ち止まって、考えながら見返してた感じかな。自分の写真ってなんなんだろとか、否定的に自分の写真を見てたり、見返すことで初めて見方もゆっくりと変わっていってることに気づいたり。あと赤々舎で、ちょっと手伝い始めて。
赤々舎での手伝いから得たもの
原田:
そうですね。赤々舎って皆さんご存知ですか。姫野さんの名前がさっきから出てるんですけど、赤々舎は京都にあるアートブックの出版社で、その代表が姫野さんです。話にも出た石川さんの写真集とか、いい写真集がたくさん作られてきています。
康輝:
木村伊兵衛賞っていう写真界の芥川賞を赤々舎から出版された写真集が何回も賞を取っています。
優輝:
浅田政志さんや石川竜一さんだったり。
康輝:
写真界で重要な出版社であり、姫野さんも重要な存在。
原田:
そうですよね。お手伝いをし始めたんですよね。2021 年くらいから。
康輝:
はい。
原田:
今で、4、5 年目で。
優輝:
4 年目かな。そこで、200 冊ぐらいタイトルがあって、実際に本をくれたりとか、「勉強した方がいいんじゃない」とか、「見といた方がいいよ」っていうのを。赤々舎の倉庫があって、そこで本整理したりなんかしてる時に、休憩時間に見たりとかして、相当数の作家さんを教えてもらったし、いろんな見方とか、視点とか、自然と触れる機会が多くて、姫野さんも何の惜しげもなくいろんな人を紹介してくれたりして。それで、だいぶ自分の写真に対する考えとか、 見方とかっていうのがだいぶ形成されて、変わってきて、そういう意味で、もう 1 度、写真とかを見返して自分の中で見え方が変わってるのを実感した。そんなときに『My name is My name is...』を赤々舎に入ってから作り始めた。

2021年9月『My name is My name is...』 大道兄弟 桜の花本舗
原田:
へー。この本、これって初めて印刷所で作ったものじゃないですか。
優輝:
そうそう、印刷所で。
原田:
しかも限定 100 部だったんですよね。
優輝:
最初はね。
原田:
のちに赤々舎と共同出版することになったんですけど。あとでみなさん見てください。
優輝:
そうそう。自分らで作ってたものが、そういう風に出版社と本を共同出版したりとか。
原田:
それはやっぱり赤々舎で働き始めたから?
康輝:
それはでかいと思う。
だって、そもそも、仕事終わった後とかによく写真を見てもらってた。
優輝:
そうね。
康輝:
あんまりないやんか。編集者の人に写真を見てもらおうと思ったら、きっちりアポイント取らなあかんけど、 働いてるが故に、仕事終わりとかに打ち合わせをするような流れで見てもらっていた。姫野さんもできる限り作品を見ようとしてはいるけど、なかなか忙しすぎて。
原田:
なんかさっきの話だと、結構それぞれが作って、見せ合ってたんですけど、この本(『My name is My name is…』)は 大道兄弟として出してるんですね。それまでは一緒に出すことはなかった?
優輝:
2 人で作ったんは初めてちゃう。
原田:
そうなんだ。じゃあこれがきっかけで一緒に本を作ったり、写真を見たり、構成したりがあった。
優輝:
そうやね、それがきっかけかもね。今までは、お互いが本を作ってたのが、本の中でやりとりを行った。展示も 1 つの空間の中でお互いがやりとりをするっていう形でやるようになったかな。
原田:
なるほど。
大道兄弟の個展を経て
原田:
それで、個展を開催するわけですよね。去年かな。
優輝:
はい。
原田:
去年、韓国のソウルにある FFSeoul っていう若い写真家たちが開いたスペースがあって、
そこで、3 月に個展をして、4月にも国内で私が以前働いていたPURPLE っていうところで個展を大道兄弟としてやったんですよね。割とそれまでは本を持っていって見てもらうっていうことをやって、でも『My name is My name is...』では 100 部刷って販売もしたりして、その次に展示で空間で見せるっていうことをやって。だんだん広がってる感じがします。
展示写真を皆さんにお見せします。

2024年3月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 FF SEOUL 韓国
原田:
1 枚の大きい写真があって、これまでのハンドメイドの写真集が置いてある。
そして、この壁は2 人で共同で写真を貼った。

2024年3月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 FF SEOUL 韓国
原田:
この写真は3 月から 4 月にかけ開催した京都の PURPLE の方ですね。
これは左と右で分けたんでしたっけ?

2024年4月「TIME UPON A TIME」展 大道兄弟 PURPLE 京都
康輝:
左の壁が俺康輝で、右が優輝。
原田:
真ん中は。
康輝:
2 人でミックスした。
原田:
反響とかどうでした?
優輝:
韓国は、その場所を運営してる FFSeoul に展評が届いたりしたね。
康輝:
うんうん。俺は、展示が作品や自分を決定する行為のように思えて、つまり、明るい部屋。空間に置いた瞬間、外に出て宣言している感覚で。だからあまり軽々しく扱いたくはないし、未完成のまま走り続けることが大切と考えてたから。ハンドメイドブックは経過であって自分で、できる限りコントロールできて、他者の視線をシャットダウンできる暗い部屋やね。だから、そのときは展示はまだやと、本を作ることのほうが大事やってなってたから。
優輝:
想像できんかったよね。
康輝:
何が起こるか俺らもわかってなくて。
優輝:
韓国、京都で展示して、やっぱりこう、展示をすることによって、初めて大竹昭子さんや石川竜一さんとトークイベントした。
原田:
初めて石川竜一さんとトークをしたんですか?
優輝:
今までこう、「最近、何してんの?」ぐらいの、友達との会話みたいな感じやったけど、初めてこう、作品についてお互いが喋るみたいな機会があったのは、展示やったからっていうのはあると思います。
原田:
確かに。展示はよりパブリックなものですよね。
優輝:
うんうん、それは本にはないことなのかもなっていうのは感じたな。直接いろいろ言ってくれる人もいたり。
原田:
しかも、展示が終わってから、2 人はまた本にもしていて。カタログって言えばいいんですか?
優輝:
アーカイブとしてトークの内容を文字起こししたりとか。
![名称未設定-1 [復元]-08.jpg](https://static.wixstatic.com/media/a52c7f_914c2142a361467a864a7950437da12d~mv2.jpg/v1/fill/w_980,h_1388,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/%E5%90%8D%E7%A7%B0%E6%9C%AA%E8%A8%AD%E5%AE%9A-1%20%5B%E5%BE%A9%E5%85%83%5D-08.jpg)
2024年6月『TIME UPON A TIME』アーカイブブック 大道兄弟 桜の花本舗
康輝:
そうやそうや。
優輝:
残しときたいなと思って。
ウィローさんっていう韓国のキュレーターの人が展評を書いてくれたりとか、展示やったことによって、次の展示の声がかかったりとか。本ではできひんかった動きが。
原田:
そうですね、また韓国で、今年?
康輝:
今年です。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道兄弟 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
これですよね。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道康輝 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
これは詩?
康輝:
そう。詩を書いた。

2025年5月「Ghost Memory」展 大道優輝 韓国現代写真映像学会 大邱 韓国
原田:
こっちは優輝さんの写真ですよね。
優輝:
そう、手紙のやりとりを展示したな。
原田:
こう、話してたら 1 時間経ってしまったんですけど。休憩しようかなと。
ちょっと 15 分ぐらい休憩を取りたいと思います。
康輝:
ありがとうございます。
登壇者紹介
大道兄弟
DAIDO bros
1994年、山梨県生まれ、大阪府堺市育ちの兄優輝と弟康輝の双子の兄弟。現在は京都を中心に活動、発行所「桜の花本舗」を主宰。2人で写真集制作の他、それぞれの名義での活動も行う。これまで2人が作ったハンドメイドブックは60冊以上。2021年に100部限定の写真集『My name is My name is…』(私家版)を刊行、2024年に赤々舎から同書を共同出版。2025年に私家版写真集第二弾『TAXI DRIVER』を上梓。過去10年にわたる写真集制作の軌跡を紹介する展覧会「Time Upon A Time」(2024 FF Seoul : 韓国、PURPLE : 京都)を開催。2025年に「Ghost Memory : 失われた時間への旅」韓国現代写真映像学会が主催する国際写真映像グループ展に参加。
原田桃望
Momomi Harada
京都芸術大学大学院美術研究科グローバル・ゼミ修了。在学中に関西クィア映画祭2021の実行委員を務める。2022年よりアートスペースPURPLE(京都)の立ち上げから関わり、2年間ギャラリー業務を専任する中で、写真を中心とした展覧会やイベントの企画・運営に携わる。2024年4月より国際芸術センター青森(ACAC)学芸員に着任。写真・映像・本を介した場づくりに関心を持ち、イベントや展覧会企画、執筆活動を行っている。ACACではアーティスト・イン・レジデンス(AIR)事業や「ACACの写真部」(2024-25年度)などを担当。これまでの主な企画として、「(災害ユートピア)」(2025、ACAC)、読書会「波をかさねる」(2022–24、PURPLE)、rajiogoogoo「泣き子党事務所」(2022、KIKA gallery)、「20世紀の写真芸術」(2017、大阪府立江之子島文化芸術創造センター(enoco))等。主な著書に『岡部桃「イルマタル」試論─クィア写真を媒質として─』(2024、私家版)がある。
新刊 大道兄弟 私家版写真集 第二弾
大道康輝 『TAXI DRIVER』

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